第42話 幸せな記憶
ウルスラは思う。
レグルスとは、これまでに数え切れないほどの打ち合いをしてきた。
勝つこともあれば、負けることもあった。
けれど、勝率はずっと互角だった。
ただ、剣を交える中で薄々気づいていた。
純粋な実力では、恐らく奴の方が上を行くだろうと。
それでも負け越さずにいられたのは、ひとえにウルスラの意地だった。
セラフィナ様の剣になるのは自分だ。
彼女を守り、彼女を脅かす障害を斬り伏せるための最強の剣になる。
その強靱な意志の強さが、ウルスラを支えていた。剣を執る理由が、自分の本来以上の実力を引き出していた。
けれど、今は――。
ウルスラは魔剣を構えているレグルスを見据える。
かつては獰猛な野良犬で、今や復讐の鬼と化した白髪の剣士。その目はしかし、憎しみに塗り潰されてはいなかった。
使命感に満ちた、強い意志の光が宿っている。
そうか、とウルスラは気づいた。
こいつは今もまだ、彼女の剣として在り続けている。剣を執る理由を失ってはいない。
そのことが殺してやりたいほど腹立たしくて――。
そして、泣きたくなるほどに羨ましかった。
「はあああああああああ!!」
レグルスは裂帛の気合いを吐くと、一気呵成に駆けてくる。
間合いに飛び込んでくると、下段に構えた魔剣を、鋭く突き上げてきた。
首筋を狙って迫り来る漆黒の剣先。それは神速の域に到達する、一撃必殺の剣技。
「させるかあああああっ!!」
だが、ウルスラは上段に構えた冰剣でそれを叩き落とした。冰剣と床に挟まれ、魔剣の剣身の半分が勢いよく弾け折れた。
「――っ!?」
レグルスの目が驚愕に見開かれる。
――勝った!
長きに渡る因縁も、これで全て幕を閉じる。
あの女の目指した夢も、完全に潰える。
ウルスラが口元を歪め、丸腰のレグルスに斬り掛かろうとした瞬間だった。
「まだだ! まだ終わってはいない!!」
レグルスの目は死んでいなかった。
右手を大きく伸ばすと、宙を舞っていた剣身を掴み取る。
「なに!?」
「これで終わりだ!! ウルスラァァァァァァッ!!!!」
雄叫びを上げ、全力で振りかぶると――。
ウルスラが冰剣を再度構え直すよりも早く。
剣先を握りしめた右手ごと、胸部に力強く叩き込んできた。
勢いよく叩き込まれた魔剣の剣先は、ビキニアーマーの魔力防壁を突き破り、ウルスラの胸部に深々と突き刺さった。
騎士道精神を嘲笑うかのような、なりふり構わない泥に塗れた一撃。それは正々堂々の戦いを重んじる騎士にはできない芸当だ。
――魔剣を折った瞬間、すでに勝敗は決したと思った。しかし、魔剣を折っても、奴の心を折ることは出来なかった。
勝ちに対する執念。いや、使命感か……。
気づくべきだった。
剣を執っているから、剣士なのではない。剣を執る理由を持っている限り、たとえ剣を失っても剣士なのだと。
そして剣を執る理由。それはウルスラが失って久しいものだった。
――ああ、そうか。
私はもう、遙か昔に剣士ではなくなっていた。セラフィナ様を――剣を執る理由を自らの手で斬り伏せたあの瞬間に。
崩れ落ちるその瞬間、ウルスラは思い出していた。
丘の上の花畑で、彼女に花冠を貰った日のことを。
幸福だった日々のことを。
今でも時々、あの日のことを夢に見ることがある。
夢を見た日の朝、目覚めると決まっていつも涙を流していた。
もう二度とあの日々には戻れないことに対する哀しみに包まれながら。
彼女を殺めてしまったことに対する後悔の念に苛まれながら。
夜になるとまた、遠い日の幸せな夢を見る。
このまま朝が来なければいいのにと、そう願いながら。
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