女騎士狩り

友橋かめつ

第1話 七人の女騎士

 全てが終わる日の夜は最初、驚くほどに穏やかだった。

 分かりやすい兆候など何もなかった。

 彼女たちが訪れるまでは。

 グレゴリア大陸最大の戦力を有するエルスワース王国。一万を超える軍勢を抱えたその大国はある日、一夜にして壊滅させられた。

 たった七人の女騎士たちの手によって――。


 

 それはまるで悪い夢のような光景だった。

 王都の至るところからは火の手が上がり、逃げ惑う人々の悲鳴が響き渡り、人間と建物の骸が堆く積み上がっている。


 その日、エルスワース王国は敵の侵攻を受けた。


 最初、誰も目の前の者たちが脅威だとは考えていなかった。

 何千もの大群が押し寄せてきたのであれば、国家の危機だと察知できただろう。

 けれど、襲撃者は七人だけだった。

 数においても練度においても最強と謳われるエルスワース騎士団の精鋭たちは、たった七人の襲撃者たちの前に全滅させられた。


 赤刃のジルベールに千里眼のユージン、そして鬼神のゴルド――。

 数々の戦場で功績を挙げてきた名だたる騎士団の英雄たちは皆、まるで赤子の手を捻るかのように惨殺されていった。


 悪鬼のごとき強さを誇る襲撃者たち、その全員が女だった。それだけでも異様だったが、特に異様だったのはその装備だ。


 彼女たちの身につけていた鎧には装甲がほとんどなく、胸元や局部以外の箇所は素肌が剥き出しになっていた。

 それは俗にビキニアーマーと称される鎧。


 ビキニは布の面積の少ない水着の名称だ。グレゴリア大陸西部に浮かぶビキニ島――そこに落ちた小規模な隕石がもたらした被害と破壊力になぞらえてその名が付けられた。

 ビキニの水着のように装甲面積の少ない鎧――それがビキニアーマー。

 そんな悪ふざけかと思うような装備の相手に、大陸最強の騎士団は全滅させられた。誰も彼女たちに傷一つつけることはできなかった。


 女騎士たちは無傷のまま、すでに王城にまで攻め込んでいた。

 近衛兵団も必死に応戦していたが、女騎士たちの圧倒的な強さの前に為す術もなく、壊滅状態に陥っていた。


 血に染まった城内の廊下を、鎧姿に身を包んだ一人の近衛兵が駆けている。

 年は二十歳を超えた頃。

 黒髪に精悍な顔立ちをした男、その醒めた瞳の奥底には、貴族出身の者が大多数を占める近衛には似つかわしくない仄暗く獰猛な光が宿っていた。周りの人間を信用していない。それは汚泥を啜るような日々によって培われたものだ。


 そんな彼の後ろには、煌びやかな刺繍の入った純白のドレス姿の美しい少女が付いていた。

 金糸のような艶やかな髪に、凜とした顔立ち。

 まだ十六歳とは思えないほどに大人びて見えるのは、彼女がエルスワース王国の王女という立場もあるだろうが、彼女自身の芯の強さに依るものも大きい。


 エルスワース近衛兵団所属、レグルス=ブラッドモアは第四王女――セラフィナ=エルスワースと共に城内からの脱出を図ろうとしていた。


すでに王の首は獲られ、王子や王女の大半も討たれた。

 王都は陥落した。だが、全てが終わったわけではない。王家の血さえ絶えなければ、再起を図ることはできる。


 彼女だけは。

 彼女だけは何としても守らなければならない――。


 レグルスを突き動かしているのはしかし、王家に対する忠誠ではなかった。

 それは地獄という言葉すら生ぬるい泥濘の日々から自分を掬い上げてくれた、生きる理由を与えてくれたセラフィナに対する個人的な忠誠心。


 レグルスとセラフィナは城内にある王家の者だけしか存在を知らない隠し通路から、城の外に通じている地下通路へと向かう。

 通路の左右の石壁に埋め込まれた松明石が闇の中に灯りを宿し、足下には足首ほどの高さに濁った水が流れている。昨日降った雨が浸水しているのだろう。


 深い夜色の水を踏みしめながら、通路の果てを目指す。地下通路は地上の狂乱が嘘のように静まりかえっていた。

 水飛沫を上げて走りながら、レグルスは脳裏に焼き付いた記憶を反芻する。


 ――異様な光景だった。


 たった数人の女騎士に為す術もなく蹂躙されていく騎士団や近衛の精鋭たち。まるで悪鬼の掌の上で弄ばれているかのようだった。


 ――奴らはなぜ、王国に侵攻してきた? いったい何を目論んでいる?


 いくつもの疑問がレグルスの脳裏に浮かんでは答えを得られずに消えていく。

 分からないことを考えている場合ではない。今は逃げることに集中しなければ。

 息が詰まるほどに長い地下通路。

 無限に続くかと思われたその道程の先――地獄に降りてきた蜘蛛の糸のように、僅かな光が差し込んでいるのが見えた。

 

 地上から月明かりが差し込んでいるのだ。


 出口が近づいていた。

 あの先の梯子を登れば、王城の裏手にある丘へと繋がっている。

 レグルスは月明かりを手繰り寄せるように駆ける。

 だが、その時点で気づくべきだった。地下通路の出入り口は封鎖されている。月明かりが差し込んでいるということは、誰かが出口の蓋を開けて侵入してきていたのだと。


「っ!?」


 蝋燭の火が消えるように、ふと前方に差し込んでいた月光が消えた。

 出口が塞がれたのかと思ったが、その認識は誤りだった。光を覆い隠すかのように、通路に潜んでいた人影が二人の前に立ちはだかっていた。


「――っ!」


 即座に剣を抜いて構えたレグルスは、目を見開いた。壁に埋め込まれた松明石の光に照らされた人影は、彼のよく知る人物だった。


「……ウルスラ。なぜお前がここに」 


 腰の高さにまで伸びた艶やかな白銀の髪。気高さと意志の強さを感じさせる目鼻立ち。

 戦うために磨き上げられた結晶のような屈強な肉体を有する彼女――ウルスラ=ペインローザはエルスワース近衛兵団の一員だった。


 近衛兵団唯一の女騎士。


 彼女は役職にこそ就いていないが、精鋭揃いのエルスワース近衛兵団において、単純な剣の腕ではレグルスと一、二を争うと称されるほどの剣豪。


 レグルスにとってウルスラは同僚であり、長年の好敵手でもあった。

 そりこそまるで合わないものの、これまでに数え切れないほどの剣の打ち合いをし、互いの強さを認め合う間柄だった。


 最初、助太刀に来たのかと思った。セラフィナを逃がすために駆けつけたのかと。

 だが――松明石の光に炙り出された彼女の姿。それを目の当たりにした瞬間、レグルスの中の甘い考えは消し飛んだ。


「……その鎧は何のつもりだ?」


 ウルスラが身につけていたのは局部以外が剥き出しになった鎧――王都を襲撃した女騎士たちが装着しているのと同じビキニアーマーだった。

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