灰色の世界

光星風条

第1話

 今日の空はいつもより灰色だ。僕はため息交じりに見上げた。空は水面に墨汁をこぼしたみたいに黒色と灰色が渦巻き、モノクロのグラデーションを作り上げている。空はいつでも変わらず、そこに住んでいる怪物がのそりと寝返りを打つように、不気味にゆったりと動くだけだった。それが今日は特に色が濃く、一メートル先も霞んで見えないくらいだ。おかげで今日は外で遊べなかった。

 いつもは放課後になると、仲の良い友だち三人と校庭でサッカーをしていた。校庭はあまり広くなかったけど、毎年のように友だちがいなくなるからその分広く使えた。十歳になった今では校庭でサッカーをするのは──いや、校庭で遊んでいるのはほとんど僕たちだけになった。他のみんなは早く帰ったり、図書館で本を読んだり、体育館でバスケかバレーをして遊んでいる。みんな外の空気はあまり好きじゃないみたいだ。それは僕もそうだけど、せっかく校庭が──しかもほとんど貸し切りでそこにあるのに、使わない方がおかしいと僕は思う。

 今日はこんな空模様だからボールもゴールポストもよく見えない。だから僕らは仕方なく体育館でサッカーをすることにした。中に入ったからって他の遊びをしようとは誰も言い出さなかった。僕もバスケやバレーで下手なプレーをするくらいなら、得意なサッカーでリフティング練習でもしていた方がいい。他の三人もそう思ったに違いない。

 体育館では三十人くらいが半々くらいに分かれてやっぱりバスケかバレーをしていた。中には追いかけっこしたり、壁に寄り掛かっておしゃべりしたりしている子たちもいた。僕らは誰にも声をかけることなく、壁際の小さなスペースでボールをパスして遊び始めた。

 始めはよかった。だけど次第にみんながイライラし始めているのに気が付いた。ボールを蹴る力が強くなったり、簡単なパスも止められなくなったりしていたからだ。僕も周りで遊ぶ友だちの声が、まるで僕らにここから出て行けと言っているように聞こえて、いつの間にか楽しそうに遊ぶ彼らを強くにらみつけていた。

 それでも僕らは意地になって、先生から帰るように言われるまで中で遊び続けた。今考えるともっと早く帰るべきだったと思う。なぜなら僕らは怒っちゃいけないからだ。それは子どもならどんなバカだって知ってることで、十戒という言葉で一番初めに先生から教えられることだ。

 つまり、が僕たち子どもにはある。殴ること、盗むこと、嘘をつくことに、みだらなこと──これはよく分からない。この四つがしてはいけない行動で、残りの六つは僕らの態度。威張ること、妬むこと、怒ること、怠けること、欲張ること、みだらなことを考えること──やっぱりよく分からない。態度に出すのはまだいいのだけど、行動に移したら処分されてしまう。だから学校からどんどん人がいなくなってしまった。初めは千人もいたのに、今では百人ちょっとしかいない。それだけ難しいことなんだ。だから今日は危なかった。976なんて一度だけ、ボールを誰かにぶつけようと思い切りシュートを打つみたいに蹴った。そのボールが当たらなかったからよかったけど、当たっていたら処分されていたかもしれない。誰か一人でも欠けたらいつもみたいな試合ができなくなってしまう。それだとつまらない。明日は休みだから、明後日にはみんなにちゃんと言っておかないと。あの三人は絶対に気が付いていないだろうから。勉強の成績は同じくらいでも、道徳の成績が一番良いのは僕だから。ぜったいに僕しか気が付いていないと思う。

 僕は鼻から勢いよく空気を吸い込みながらコンクリート地面に列をなして光っている小さなライトを追いかけた。こんな曇り空の日はこの明かりが無いとどこに向かっているか分からなくなってしまう。その一列に並んだ光はまるで、昨日の夜、テレビで見たホタルのような蛍光の黄色をしていると僕は思った。これが本物のホタルだったならどんなに良かっただろうと思う。だけどホタルなんて、もうどこにもいない。ホタルはきれいな水辺でしか生きられないから、きっとこんな世界になって最初にいなくなってしまったのだろう。だから動物園にもいない。一度でいいからこの目でホタルを見てみたかったなあ。

 五分くらい歩くと、ホタルの幻想の光の列は断ち切られ、目の前に灰色の壁が現れた。僕がその壁に一歩近づくと、壁は音もなく開いた。中は小部屋になっていて、全ての面が灰色の、一メートル四方の正方形で覆われていた。中に入って奥の壁に寄り掛かると、正面に空いていた大きな口が閉じ、切れ目も跡も何も残っていない完全な壁になった。出入り口が無くなるとその部屋は動き出し、僕は上がっていくのを感じた。

 僕はこのエレベーターが嫌いだ。何でかと言うと全部灰色だからだ。外の世界も灰色一色なのに、中まで灰色なのはおかしいと思う。昔の森のような緑とか、海や空のような青とか、もっと鮮やかな色にして欲しかった。大人たちは何も言わないけど、気がおかしくならないのだろうかといつも不思議に思う。あとは扉が消えて縦横に動くのも嫌だ。まるで怪物に食べられて、胃の中を移動しているみたいに思えるからだ。四角い怪物の胃の中にいる。そんなことを想像すると、僕の部屋の暖かな毛布にくるまっていてもドキドキするときがある。そんな夜は怖くて眠れない。だから僕はこの町が嫌いで、出て行きたいと思うのだけど、どうやっても抜け出すことはできそうにない。

 僕はうつむき、砂で灰色に固まった靴の先をじっと見つめた。

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