反転した世界にいる僕といつも通りの世界で生きる私
in鬱
私
反転している君
忘れてはいけない人。
名前も、顔も思い出せないけど忘れちゃダメな人。
その人との記憶は無いけど、忘れてはいけない人。
そんな大切な人を何で忘れちゃったんだろう。
――――――――――
「これなんて読むの?」
「これは”渋谷”だよ」
「すごいねー」
家の近くある小さな公園で幼い男女が和気あいあいと遊んでいる。
女の子が手に持っているパンフレットを見せ、分からない文字を指さす。男の子は誇った表情で渋谷と答えた。
女の子は驚いた表情で男の子の顔を見る。
幼い子供が渋谷という漢字を知らないのは仕方ない。
初めて見る光景のはずなのに既視感がある。あの二人のことも知らない。
あの光景を見ていると身に覚えのない記憶が溢れてくる。
「ここに行こうよ」
「”渋谷”ね」
「そう!しぶや。一緒に行こう」
「うん。約束する」
そんな約束をした記憶が溢れてきた。こんな記憶知らない。
なんだこの感覚。私の記憶にこんなのは存在しない。
なのに、見たことがある。自分でもよく分からない。
この男の子、どこかで見たことがあるような。
思い出せるというところで目の前の光景が鏡を叩き割ったように粉々に砕け散った。
それと同時に私の体が沈んでいく。どんどん沈んでいく。
私は空の雲を掴むように手を伸ばしたが、届くはずもなく私は底に沈んだ。
――――――――
「ここは……渋谷?」
私が目を覚ますと渋谷に来ていた。何度か来たことがあったので見覚えのある建物で渋谷だと分かった。
沈んだ底に渋谷が?でも、現実の渋谷と違う。私の前にそびえ立っている10……9みたいな数字の屋上に巨大な黒い卵がある。
卵から何本もの管が地面に向かって伸びている。地面から栄養を吸っているみたい。
それと文字が全て”反転”している。180°に反転していて読みづらい。
ここは一体どこなのだろう?
「ここは一体……?」
戸惑っていると周りにいた人たちが109を一斉に指差しざわつき始めた。
黒い卵にヒビが入っていた。数秒後には卵が割れ中から異形の姿をした生物が現れた。
頭が
「きゃぁぁぁぁ!」「うわぁぁぁぁ!」
怪物は建物から地面に降り立つと人を貪り始めた。悲鳴と怪物の咀嚼する音が耳に入ってくる。ビルと同じ位の高さの怪物の咀嚼音はかなりの大きさだった。
周りの人々はその様相を見た瞬間に散っていった。私も群集に群がり怪物から距離を取ろうと走った。
「何してるの!?」
「…………」
走っていると怪物に向かって歩いている私と同じ位の年頃の男の子を見つけた。
私は咄嗟に立ち止まり、男の子に声をかけたが返答はしてくれなかった。
男の子は私の方を見た後無言で怪物の方へ向かっていった。
私は男の子のことが気になったけど自分の身を守るために必死に逃げた。
「はぁ……ここまで来れば」
無我夢中で走り続け怪物の姿は見えないところまで来ていた。
安心で足に力が抜けその場にしゃがみ込む。
息を整えながらここは一体どこなのか考えてみる。
「ギャァァァァァ!!!!」
突然甲高い音が聞こえ耳をふさぐ。おぞましい叫び声のようだった。
音がだんだん小さくなり完全に聞こえなくなる。
この場所で一体何が起きてるの?
「はぁ……」
「大丈夫か?」
新たに慌てた様子の男性が走ってきて人を見つけるなり膝に手をついた。
近くにいた人が心配そうに駆け寄る。
「化け物が死んだ!」
「はぁ!?」
呼吸を整え、大きく息を吸い込んで放った言葉は私たちの目を丸くさせた。
あの怪物が死んだ?ありえない。あれだけ巨大な怪物が死んだなんて。
「嘘つくな!」「そうよ!ありえないわ!」
「さっき甲高い音聞いただろ!あれは化け物が死ぬときに発した奇声だ!」
男の人の言っていることは辻褄が合う。甲高い音が突如発生した理由にもなるし、あの怪物が死んだ理由にもなる。
でも、実際に見てみないと実感は持てない。
「だとしてもだ!どうやって倒したんだよ!」
「剣を持った男の子が倒した」
「そんな話信じられるか!」
「なら見に行けばいいだろ!」
男の人が嘘をつく理由は無いけど人々はあの怪物が死んだと思ってないみたい。
周りにいた人の何人かは怪物がいたの方に戻っていった。
私も戻ってみることにした。
「あなたさっきの?」
「…………」
戻っている途中逃げる時に見かけた男の子と出会った。
逃げている時は余裕が無くて顔しか見ていなかったけど腰に刀を差していた。
男の人が言っていた。倒したのは剣を持った男の子だと。
もしかしてこの子が倒したの?
「あなたがあの怪物を倒したの?」
「そうだけど」
「本当だったんだ」
「何か文句でも?」
「いや。すごいなと思って」
「あっそ」
彼の表情は変わらず態度も不愛想だった。
「怖くなかったの?」
「別に。これが仕事だから」
「仕事?」
「関係ないでしょ」
「……そうね」
彼は私の質問に淡々と答えた。
表情も全く変わらない。
「…………」
「何?」
「いや。見たことあるって思ったけど人違いだった」
彼は私の容姿をマジマジと見てきた。
そんなに見られると恥ずかしいので聞いてみると視線をすぐに逸らした。
私は高校入学して数か月でイメチェンのため髪色を金に変えた。
こんな塩対応の子にも私みたいな顔なじみがいるんだ。
「ねぇ」
「今度は何?」
「あなたの名前は?」
「……」
「私はアオリ。
「…………」
「ちょっと!」
彼は私の名前を聞くと去ろうとした。
私はとっさに彼の腕を掴んだ。
彼は反射的に私の方を見て仕方なさそうにため息をついた。
「石川」
「え?」
「
「う、うん」
「じゃあ手、離してもらえる?」
「あ、ごめん」
彼は石川温人と名乗った。その名前に懐かしさを感じた。気のせいだと思うけど。
私が手を離すと石川君は今度こそ去っていった。
彼が最後に見せた表情は寂しそうに見えた。
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