褪せぬ乙女は硝子の棺に

祇光瞭咲

第1話 硝子の棺に眠る乙女

 巡礼――それは、聖なる遺物を目指して信徒たちが歩む遥かなる旅路。その終着点のひとつに、マッダレーナ・マッジョーレ教会も数えられていた。


 無骨な印象を受ける重厚な建物は、最終戦争アルマゲドンの戦渦においてもその荘厳さを失いはしなかった。ロマネスクの様式を受け継ぐファサードには、見事なすり鉢状の彫刻が施された三連アーチが並び、集う信徒たちを巨大な口で受け入れている。そこから伸びるはラテン十字型の聖堂。光の差さない蒼然な身廊を突き進むと、朽ちてなお息を呑んでしまう黄金の内陣が。かつて地上に君臨したという救世主メシアの面影を訪れる者たちに伝えている。


 だが、巡礼者が目指すのはそこではない。地下礼拝堂クリプトである。

 内陣から階段を下りたその小さな空間に、彼女は安置されていた。


 硝子の棺に横たわる可憐な乙女。

 アルマゲドンの折に神の国へ渡ったはずの彼女は、何世紀も時を経た今でも、生前の美しさを湛えたまま眠りに就いていた。

 蠟のような白く滑らかな頬。繊細な影を落とす金の髪。死してなおアーモンドの花のような色合いを残す唇は、薄く孤を描いている。


 今にも動き出しそうなその美しい死顔に、伏せられた彼女の双眸はどんな色なのだろうと、焦がれる者が後を絶たない。そうして、褪せぬ乙女を一目見ようと、各地から遥々巡礼者たちが訪れるのである。


 褪せぬ乙女――彼女はただそう呼ばれていた――の世話をするのは、代々この教会の助祭の役目であった。決して起き上がることのない彼女が求める奉仕など、ごく簡単な掃除程度のものだ。現在ではリベリオという名の青年が務めている。


 リベリオは毎朝礼拝が行われる前に棺を磨き、彼女の周りを生花で満たす。そして、祈りのための蠟燭をひとつ。

 宵の口、聖堂を閉める時間になると、彼は再び乙女への奉仕に地下へ下りる。朝にはひとつだった祈りの灯火は、夜には数え切れないほどに増え、献花は小さな花園となる。彼はすべての蠟燭を消し、献花を回収して聖堂を後にする。

 捧げられた花のうち、萎れたものは捨て、鮮やかなものは花瓶に活ける。翌朝再びその花を棺の前に戻すのだ。


 花なんて、朽ちるまでそこに置いておけばいいじゃないか。

 他の者たちはそう言うし、歴代の奉仕者たちもそうしていた。しかし、リベリオはそれが嫌だった。


 永遠の美を与えられた乙女。

 奉仕者も、参拝者も、捧げられた花たちも、どうしたって皆彼女を残して朽ちていく。いつまでも褪せることのない乙女は、きっとこれ以上それを見届けることを望まないだろう。


 リベリオは。

 枯れた花たちを選り分けている時、死神にでもなったような心地がしていた。

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