ラブ・ラブ

樵丘 夜音

◇ ラブラドールに出会うまで ◇

 雑種犬、柴犬、マルチーズ、トイプードル。私の生活にはほぼ犬がいた。

 

 20代半ばになった時、友人に、結婚する前に犬を飼って親が寂しくないように置いていくといいよ、というアドバイスを受け、早速、近所の動物病院の張り紙を見て、町内で生まれたマルチーズを譲ってもらうことにした。トンビにさらわれそうなくらい小さくて真っ白なマルチーズはとてもかわいかったので、この子がいれば私がいなくなっても安心だと思っていた。

 ところが、昭和一桁の父は「犬は家畜」なのに家の中にいることがずっと腹立たしかったらしく、外交的な母は犬の面倒を見てる暇はない、と結婚が決まった1年後、「犬を置いて行かれたら困る」と両親に速攻、却下された。

 友人の親とは違い、うちの親は犬で寂しさを紛らわさなければならないほど、私に愛情を注いでいたわけではなかったことを、その時にやっと思い出した。

 

 結局、私はマルチーズと共に嫁ぎ、嫁ぎ先には先住犬のトイプードルがいたので、なんだか賑やかな結婚生活の幕開けとなった。

 2匹ともオスだったせいで勢力争いはする、1歳違いの若い犬同士だから教育的指導をし合う、小型犬だからとにかくよく吠える、犬も人間も傷の絶えない毎日だった。 そこへ子どもが生まれたり、犬のおもちゃだか子どものおもちゃだか、誰がなんで泣いているのか、ひっちゃかめっちゃかでやかましいだけの生活になった。それでも犬も子どもたちも少しずつ成長し、色んな分別も付くようになり、犬のいる生活は大変ながらも、楽しめるようになったのだが、犬は人の約4倍の速さで歳を取る。

 やがて、トイプードルは10歳の時に肥満細胞腫という病気になり、のたうち回るほど苦しんで、秋空に伸びるひこうき雲に乗るように、11歳4か月の9月に亡くなった。

 3年後、心臓の病気に罹ったマルチーズも、何度も意識障害や発作を繰り返しながら、14歳まであと10日だった4月に、私の腕の中で息を引き取った。

 

 いつもいるはずの場所を見ても、白いふわふわのかわいい固まりがいない。あんな小さな体が、私の視界をこんなに大きく占めていたんだと思い知らされた。

 犬のいない生活は、想像以上につらかった。2匹とも、病気を患ってから1年くらいの闘病があったので、それなりに最期を覚悟して看取ったはずなのに、寂しさは1ミリも減らなかった。 新しい犬を迎えれば?と言う人もいたが、看取った時のつらさは犬のいない生活の寂しさよりも何倍も大きくて、もう二度と犬は飼えないと思った。


 そんあある日、テレビを見ていたら盲導犬の特集をやっていた。盲導犬は、一般家庭に預けられて育ち、人の優しさや人と暮らす楽しさを知ってから訓練に入るので、人との絆を感じて盲導犬としての任務を果たせるのだという。

 そこで、盲導犬の候補生として生まれた子犬を、最低限のしつけを覚えさせながら、家族として預かる「パピーウォーカー」というボランティアがあることを初めて知った。ただ、一番かわいい時期に入った約1年後には盲導犬協会に返さなければいけない。番組でも放送されていたその別れのシーンは、見ているだけでも切なくてもらい泣きしてしまった。

 ただ、「最期を看取らなくても済む」という最大の犬を飼えないポイントが払拭された瞬間でもあった。


 数週間後の週末、私たち家族は、隣県にある盲導犬協会にいた。テレビを見た後に色々調べたら、申し込みをすれば見学もできるというので、早速申し込んだのだ。

 通された部屋の真ん中に、大きなラブラドールレトリバーが伏せて待っていた。PR犬という盲導犬の普及活動に参加するとても大人しい優秀な犬だった。

 しかし、家族全員大型犬は初めてだったので、さすがにビビった。

「でかいね」

「さすがにちょっと怖いかも」

 ひよっている私たちに、訓練士さんが、

「なでてあげて下さい。下から手を出して、鼻に近付けて…」と教えてくれるままに、まずは夫から手を伸ばした。

「おぉ~、大きいなあ。大人しいなあ」と嬉しそうになで始めた。

 私も、そおっと、手を鼻に近付けて、

「こんにちは~」と頭をなでなで。「はぁ~、かわいい~」一瞬でとろけた。

 子どもたちも恐る恐る手を伸ばし、背中をなでなで。

「かわいい」「ごつい」「あったかい」と嬉しそうだった。

 急に、犬が体勢を整えようと一回立ち上がった。

「わぁ~!」

 私たち全員で飛びのいた。立ち上がったラブラドールは、大人の腿ほどの高さがあった。子どもたちの胸のあたりまである。今まで、ひざ下あたりをちょろちょろする大きさの犬しか触れたことがなかったので、その大きさに圧倒された。

 すぐにお座りをして、なで待ちをしているラブラドールは本当に穏やかで、初めての人たちをこんなに大人しく受け入れてくれるなんて、と、とにかく驚いた。

「この子は特別に訓練されているからで、ラブラドールがみんなこうではないですし、子犬の頃は、噛んだり吠えたり普通にするので、それをパピーウォーカーの方に愛情を持ってしつけて頂きながら、育ててもらうんです」

 訓練士さんは、楽しいことばかりではない現状もしっかり説明してくれた。


「かわいかったね」

「大き過ぎるよ」

「でも、かわいかったね」

「面倒みられるかなあ…」

 帰ってからの家族会議で、悩みに悩んだ。

「かわいかったよね~。1年だけだよ。返さなきゃいけないんだから」

 そして、ついにパピーウォーカーのボランティアに参加することを決めた。


 その年の12月、我が家に初めて、ラブラドールの子犬がやってきた。

 

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