辰の仕事始め
水嶋川千遊
年越し
12月31日、『辰ノ宮』では社内中をひっくり返すほどの慌ただしい状況が何日も続いていた。社員は朝から晩まで各所に連絡を取るものや全国各地へと派遣されていくものなど人の入れ替えが激しい状況が続いていた。
社長室内も例に漏れず、むしろ一番多くの社員が出入りしデスクの上にはいくら捌いても減ることのない書類の山が築かれているため社内でもっとも慌ただしい場所となっていた。
「社長、卯の館からの連絡です。辰年へ移行するための引き継ぎが九割以上完了したとの報告が入りました。こちらが引き継ぎ完了の書類となります。本日中に確認をお願いします」
新たに報告を終えた社員は社長の悲痛な視線を気にすることなく、新たに分厚い書類の束をデスクの上に置いて社長室から去って行った。
「なあ、副社長」
「どうかしましたか」
「あいつら、この書類の山が目に入らないのかな。俺に対して容赦なさ過ぎないかな」
悲しげな声で話しかけられた副社長であったが、何度目かわからないその言葉に青筋を浮かべ社長には見えない位置で大きな溜息を吐いた。
「社長、今は我が社にとって重要な時期です。我が社の仕事が滞れば日本中で辰年を迎えることができなくなってしまうのですよ。わかっていますよね」
副社長の言葉通り干支の切り替えにより新年を迎えた瞬間から一年間活躍する辰を日本中に派遣するこの会社の業務が滞れば、日本にいながら辰年を迎えられない地域が誕生してしまう。そのことを理解しているため何度も泣き言を繰り返しながら仕方なく社長は書類を捌いていた。
しかし今回は、社長同様に書類の山に埋まっていた副社長が態々顔を出し社長のへ向けた笑顔に副社長の堪忍袋の限界を感じ取った社長は思わず首が取れるのではないかというほど何度も何度も頷いた。
「では、早々にその書類の山を片付けてください。毎回、午後には厄介な事態が発生するのですから対処できる余裕を確保してください」
社長が納得したことを確認すると更なる要求を突きつけ、副社長は自らの書類との格闘へ戻っていった。
これ以上怒らせてはいけないと仕方なく書類を捌き続けた社長は昼前にはほとんどの書類を捌ききりデスクの半分ほどの柄が見える状態になっていた。
ようやく一息つけると内心安堵していたとき、社長室に三人の社員が駆け込んできた。
「社長、東北の第十二地区の担当が到着していないと連絡が入りました」
「社長、九州の第二十三地区の担当が到着していないと連絡が入りました」
「社長、北海道の第五地区の担当が置き手紙を残して逃亡したとの連絡が入りました」
三人の社員からもたらされたのは新年まで残り半日を切った現在告げられるにはあまりにも残酷な現実であった。
「我が社の三つの地域の担当者への連絡は行いましたか」
副社長が社員達に確認を行うが、三人の社員は顔をそらし言い淀んでいた。
「どのような内容でもかまいません。報告してください」
副社長から促された三人は顔を見合わせると躊躇いつつも順番に口を開いていった。
「連絡を行ったところ、東北の第十二地区担当者の辰五郎さんは現在アメリカにいるとのことです」
「九州の第二十三地区担当者の辰三郎さんは現在太平洋の真ん中を船で遊覧中とのことです」
「北海道第五地区担当者の辰四郎さんは社内に携帯を置き忘れたようで連絡が取れませんでした」
三人の報告を受けた社長は恐る恐る副社長の様子を窺う。一見笑みを浮かべ冷静な様に見えるものの付き合いの長い社長には怒りが頂点に達していることがわかってしまった。
「あの三人、帰ってきたらわかっているのですよね」
小声で呟かれたその言葉に副社長を除く社長室にいた全員が背筋を凍らされた。
「申し訳ありませんが貴方方三人には至急担当者のいない地区へ臨時の担当者として行ってもらいます。特別手当は出しますので頼めますか」
「「「はい。わかりました」」」
有無を言わさぬその様に背筋を正し、三人の社員は急いで社長室を後にした。
「社長、私はすぐに卯の館へ窺い謝罪をしていきます。くれぐれも後は頼みましたよ」
「あ、ああ任せておけ」
社長の返答を確認した副社長はすぐに身だしなみを整え準備を終えると卯の館へと行った。
一人残された社長であったが、これ以上の問題が発生しないことを祈りながら副社長と社長に分担されていた書類を一人社長室で捌き続けた。
年の瀬、とうとう全ての書類を捌き終えた社長の下には三人の社員と副社長から無事引き継ぎと謝罪を終えたとの報告が届いていた。
世間では年越しのカウントダウンがはじまりいよいよ新年がスタートする。辰年として忙しい一年がスタートすることを考えながら社長は一人新年を迎えるのだった。
辰の仕事始め 水嶋川千遊 @yo-to-muramasa
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