第2話 交渉

 広い神殿のような空間で、私の叫びは予想以上に反響した。


 私を引き摺っていた兵士も、太った男も、イケメンお兄さんも驚いてこちらを見る。


「あなたは、私が話したことが真実であると証明しろと言いましたよね。先程話した通り、私はこの場所で私を証明できるものは何もありません。だから、私が話した事が真実だと証明できる時間を下さい!」


 太った男はじっと私を見た後、菓子を投げ捨てて、椅子から立ち上がった。そしてゆっくりと近付いてきて、私を見下ろした。私に興味を示したようだ。男の眼が私をじっと探るようにみつめる。


「不審者がどうやって証明する」


「失礼ながら、あなたは体重が重い故に、身体に問題を抱えていませんか」


「…………なんだと」


 兵士達がどよめいた。


「体重が重いと、心臓への負担や、膝や腰への負担が大きく、生活に支障をきたします」


 男は無表情だったが、口元が少し引きつっているのを私は見逃さなかった。膝が痛いから、先程から1人だけ椅子に座っていたのだ。体重が原因の可能性は高い。


「体重が重いと、それ以外にも糖尿病や高血圧、脂質異常症など様々なリスクを抱える事になります」


「何が言いたい」


 私は深呼吸した。覚悟を決めろ。ここがどこだか知らないが、意味の分からない理由で死ぬのはごめんだ。おそらくこの場所で一番権限のある人物は、間違いなく目の前のこの男。この男を落とせば助かるはず。


「私は管理栄養士です。色々な人の栄養指導をしてきました。あなたの栄養マネジメントをさせて下さい。すぐには変化はありませんが絶対に今より健康な身体にさせてみせます」


「……」


 誰も何も話さない。

 うぅ、この沈黙が怖い。

 失敗してしまったのか……


「……」

 

 終わった……私の人生終わってしまった。お母さんお父さん、親孝行もできずにごめんなさい。


 私が俯いていると、男は低い声で私に立つように命じた。ゆっくり立ち上がると、近距離で眼が合った。男は背が高いので見上げる形になってはいるが、その眼にはわずかな好奇心が宿っていた。


「貴様が言っている事は全く理解できん。管理何とかというのは職業なのか? よく分からんが食事で私の健康面を改善できるという事か?」


「はい、できます。管理栄養士は食事で健康面を維持、改善するのが仕事です。この国では存在しない仕事かもしれませんが、だからこそあなたの健康面が改善できれば、私の話した事が真実であると証明できます!」


 男は鼻で笑った。


「食事で健康を改善するなど馬鹿げている。ただ助かりたいだけの作り話しではないのか」


「命にかけて嘘でないと証明します……その代わり、私の話が真実であると信じていただけたら、私を自由の身にして下さい。あと、その時は少しばかり餞別をいただけると嬉しいです」


 私の図太さに、イケメンお兄さんも兵士達も唖然としている。だって生きてくのにお金は必要でしよ。


「ふっ図々しい奴め……いいだろう。その約束守ろう。後で誓約書を作る。ただし期間は3ヶ月だ。3ヶ月立っても私の身体に変化がなければお前は処刑だ」


「わっ、分かりました」


「あと鼻血を拭け。汚いやつは、近寄らせんからな」


 真っ白なシルクのハンカチを私に投げて、男は去っていった。


 なんて事だ、神社の階段から落ちて顔面を打った時から鼻血が出ていたのか。もっと早く教えてくれてもいいじゃないか。

 でも、ひとまず処刑は免れた。私は安堵感からか、足の力が抜けて冷たい大理石の床に座り込んだ。


 助かった。助かったのだ。


 ただ、あの男と約束した通り、3ヶ月で本人が自覚する位に体重を落とさなければいけない。この未知の世界で、それがどれほど難しいかもまだ推測できない。それでも、やるしかない。やってやる。


 この時、まさか自分の命の危機が、これから何度も訪れる事になるとは、夢にも思わなかった。





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【あとがき】

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