魂、花となって
千桐加蓮
第1話 お月夜分、冷たく問う
東北戦争の最中のこと。
その日は、月がよく見える夜であった。
先程止んだ雨が溜まった水溜りを避けながら、一人の男は森の中を灯りをつけずに歩いていく。
二十から三十歳であろう。見た目は若い。
その男は、総髪頭で、刀を腰にかけているが、和服ではなく、洋装の軍服を着ている。
サアッと夜風が吹いた。
「名を名乗れ」
その場に静止した男は、顔だけ歩いてきた方向を見る。そこには、いくつかの大樹が地面に根を張っていた。
そのうち、一本の大樹の頑丈な枝には白いワイシャツと、落ち感があるゆったりとしたズボンを履いた散切り頭の青年がいた。あどけなさが少し残る顔には諦め切ったような、見つけてもらうことを待ち望んでいたような、そんな目をしている。
「好きに呼んで下さい」
青年は、ぶっきらぼうに言う。
「新政府軍の間者にしては役に立たなそうな図体をしてるな」
男の言うように、青年は何日も何も食べていないような痩せ方をしている。目線を遠くに向けた。
「ガキか? 母ちゃんの元に帰りなさい」
青年の方に体ごと向けた。男は、幕末の世で見るとなかなかの美男である。高身長で、整った顔立ちだ。
「この時代にはいません」
青年の乾燥した唇からは血が出ている。口を動かすたびに血の味がするだろう。
男は、立ち話を終わらせようと青年に近づき、目に見えぬ速さで木に登り、青年の首を軽く絞める。
「要件はなんだ?」
男は脅すように言う。
青年は、大声を出せないような状況で、微かにできる息をすうっと吸い、答えた。
「きっと、貴方は信じませんでしょうけど、僕は罪人でしてね。心臓をね、脆くて、長生きできない機械で出来た機械心臓に換えられて、その後、刑を執行されました。機械は壊れたら治す職人がいないと壊れたまんまです。この時代には、僕の機械心臓を修理できる職人がいません。つまり、僕は脆い心臓が壊れたら脳に酸素が回らずに、亡き者になるのでご安心を。どうせ、すぐ死ぬ機械人間です」
男は、刀に触れる。
「証拠は?」
男は冷淡な声で訊いた。
「たくさんありますよ。でも、貴方がその先を生きていないので証明しようがありません。貴方がタイムスリップ出来るのなら話は別ですが」
そこまで言い切ると、青年は力が抜け、木から落ちていった。
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