第157話 勇者には表に立っていただかないと

 雪乃と隼人の結婚式から数日。


 余韻も冷めた頃、おれたちは丈二を交えて今後のことを話すべく、第1階層『初心者の館』にやってきていた。


「斎川梨央のスポンサーは、やはり外国絡みでしたよ」


 丈二曰く、迷宮ダンジョンにおける機密情報や、危険物の海外への持ち出しを狙ってのことだったらしい。


 正攻法ではまず手に入らないそれらを得るために、闇サイトを作り出したと考えられる。数多くの犯罪依頼が集まる場があれば、その中で国家機密の持ち出しという重大犯罪がおこなわれても、表ほど目立たない。


 実際、そういった依頼は巧妙に紛れ込まされており、現役の冒険者が実行していたものもある。


 ほとんどは迷宮ダンジョンのゲートや、港など、水際で食い止められていたが、何件かは流出してしまった形跡があるそうだ。


 おそらく異世界リンガブルーム異世界リンガブルーム人については、知られてしまっただろう、とのことだ。


「……そのことで、どんな影響がありそうなんだい?」


「まだなんとも言えません。日本政府が異世界リンガブルームと国交を結ぼうとするのを邪魔するのか、一口乗るのか、それとも強引に島ごと迷宮ダンジョンの利権を奪おうとするのか。まだ読めません」


「厄介なことになりそうだね?」


「ええ。これまた厄介なのが、どこの国に渡ったのか判別がまだついていない点です。闇サイトは、どこかの一国が斎川梨央をそそのかして作ったものでしょうが、それをいいことに、複数の国の諜報機関もサイトを利用していたフシがあるのです」


「ふむ……おれたちは、どうすればいい?」


「この件に関しては、動く必要はありません。迷宮ダンジョン内でのことならともかく、外国相手の諜報戦なら専門の機関があります。つまり私も、この件ではお役御免というわけです。私の仕事は、みなさんのサポートをして、迷宮ダンジョンから得られる国益を守り、増やすことですから」


 それを聞いてロザリンデは微笑む。


「じゃあ、もう忙しくないのね? 家に帰ってこられるの?」


「はい。まだすべての仕事が済んだわけではないですが、今夜から帰ろうかと思います」


「うふふっ、よかったわ。でも、闇サイトがややこしくなっているのなら、もう使えないように潰してしまったらどうなの? まだ活動してる闇冒険者もいるみたいなのだし」


「潰してしまっては、別の、我々の把握していないところでまた闇サイトが作られてしまいますからね。いっそ、今あるものを乗っ取って、こちらの制御下に置いたほうがいいのですよ」


「他国が利用していたように、こちらも利用するということ?」


「そういうことです。幸いにも、彼らはまだ斎川梨央の死を知らない。まだ利用できる手駒だと思っている。その点を利用して情報を引き出していくつもりです」


「だからって闇冒険者を放置していいんすか?」


 むすっ、とした表情で隼人が尋ねる。丈二は不敵な笑みで答える。


「もちろん放置などしません。こちらはすでにサイトを乗っ取っているのです。闇依頼の内容を精査し、重要案件を受けた闇冒険者はマークし、のちに高額報酬を出して闇冒険者に狩らせます。闇依頼に手を出しづらい状況を作るわけです。他国に怪しまれない程度に、ですが」


「毒を持って毒を制するんすね……」


「手段は違いますが、毒を用いる点はファルコンと同じですよ。まあ、あれはやりすぎなところもありましたが」


 隼人がファルコンだということは、梨央との戦いが生配信されていたことで、すっかり知れ渡ってしまった。顔までははっきり映っていなかったようだが、このイヌ耳にモフモフ尻尾では誤魔化しようがない。


 それはファルコンの生配信初回で、闇冒険者に重傷を負わせた件と無関係とはいかない。


 一応、おれも含め、彼の活動に共感した者たちがファルコンを持ち回りで演じていたのもあり、問題の初回活動も誰がやったのかわからない……ということになっている。


 よって隼人が傷害罪で逮捕されるには至っていない。が、証拠が足りないというより、見逃してもらっているというのが正しい。


 なのでこの件を話題に出されると、隼人はなにも言えなくなる。尻尾がどんどん下がっていってしまう。新婚で逮捕されるのは嫌だろう。


「というわけで、毒ばかり使うのも問題なので、きちんと薬を使います。優秀な冒険者を選別して、迷宮ダンジョン自警団を設立します。闇冒険者への対処はもちろん、各改装の見回りもおこない、危機に陥っている冒険者の救助も担当してもらいます。勝手ながら、ファルコン隊と名付けましたよ」


「津田先生、そう名付けたってことは……」


「風間さんには中心になって活動していただきたく思います。裏に隠れて悪と戦うのも格好いいですが、こういうのは表と裏でやってこそです。裏方はもともと私の担当。ならばヒーロー……いや、勇者には表に立っていただかないと」


「津田先生……」


「あなたの耳と鼻は、助けを求める人を見つけるのに向いている。やっていただけますね?」


「あの、でも俺たち第5階層の先行調査やってますし。そっちに回って、いいもんですかね?」


「いいんじゃねーの?」


 隼人の隣で、雪乃が口を開いた。


「アタシも一応、目標は達成したしな。功績を焦ることはねーし。なんなら、アタシら『花吹雪』は丸ごとファルコン隊に参加したっていいぜ」


「でも雪乃先生、第5階層の魔物モンスターめちゃくちゃ強かったじゃないすか。先行調査から俺が抜けたら――」


「それは心配ないよ、隼人くん。代わりにおれたちが参加する」


 おれが表明すると、隼人は安心したような顔を見せる。


「一条先生がやってくれるなら、むしろ俺よりいいっすね」


「本当は、また功績を奪うって言われちゃいそうで気乗りしないんだけど」


「冒険者の中で一条先生を悪く言う人なんて、もういませんよ」


「せいぜい、ネット弁慶の、アンチくらいです」


「だとしたら嬉しいな」


 紗夜と結衣にそう言ってもらえると安心できる。ほっこりしてから、改めて隼人に目を向ける。


「そういうわけで、隼人くん頼むよ。おれも、君みたいな実力者が見回ってくれるなら安心できる」


「一条先生にそう言われちゃったら、断れませんよ! やります!」


「うん、よろしくね。でも、第4階層で君が聞いたっていう声の件もある。調査に手を借りることはあるかもしれない」


「いつでも呼んでください。どこからで駆けつけますから!」


「オーケイ。なら迷宮ダンジョンの平和は任せたよ、勇者」


 そして冒険は、おれたちの役目だ。


 数日後には、おれたちは第5階層へ向けて出発していた。




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第5階層では、なにが待つのでしょうか?

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