第151話 あたし、なんで笑ってるの?

「……話がしたいのなら、なにか食べさせてよ。お腹が空いてるの」


「わかってる。用意しておいた」


 先ほど、隼人がひどく空腹を訴えたので、たっぷりと食事を作ったのだ。合成人間キメラヒューマンの再生や変身には、多大なカロリーを必要とする。隼人であれだけの空腹なら、何度も再生を繰り返した梨央の消耗はもっと激しいだろう。


 その割に冷静なのは、空腹のつらさすら感じられない体だからかもしれない。


 拘束を解くわけにはいかないので、食事はこちらで口に運んでいってやる。


 ほどほどに食べてから、梨央は不遜な態度で口を開いた。


「第4階層でのことなら、あたしに聞くより、ファルコンに聞けばいいじゃない」


「もちろん聞くよ。でも君からも聞いておきたい」


「まあいいわ。……あのときあたしは、大きな魔物モンスターに丸呑みにされて……気がついたら神様の前にいたの」


「神様だって?」


「あるいは悪魔かも。声だけだったけど、そいつは、あたしに研究の協力をして欲しいって言ってきたのよ。この体を使って」


「君はそれを呑んだのか。そんな得体の知れないやつの申し出を」


「そうよ。聞けば、ある程度は望み通りにしてくれるって言うんだもの。だったら誰にも負けない、なにも恐れない体にしてもらうに決まってるでしょ」


「リスクについては、説明されなかったのか」


「されたわね。でも、煩わしい契約書みたいに細かったから適当に聞き流してたわ」


「なんてことを! 短命になることも、きっとそこで説明されてただろうに! そんな姿になることだって……。君は、親からもらった体を失くしてしまったんだぞ」


「……理不尽な暴力から守ってくれない親なんて、親じゃないわ。それに、あたしはまだ死なない。この体のどこが死にかけに見えるの? 調子だってすこぶる良いっていうのに! あなたはやっぱり嘘つきよ」


「先生は嘘は言ってないっすよ」


 隼人が神妙な顔で会話に入ってくる。


「その声は俺も聞いたっす。俺の場合は、実験に協力したら怪我を治して生き長らえさせてやるって言われたっす。望みも聞かれましたけど、ただ生きたいってだけしか俺は答えてなくて……。どうせなら狼じゃなくて隼ってリクエストすれば良かったかも……」


「隼人くん、話が逸れてる」


「あっ、すんません。で、リスクに関しては俺も説明を受けたっす。難しくてわからないって言ったら、一言『長生きしたかったら無理に力を使うな』って答えてくれたんです。それってつまり、逆に力を使えば使うほど、長生きできないってことっすよね?」


「だろうね。そうか……人をさらいはするけれど、ちゃんと合意を得てから合成してたのか。やっぱり合成人間キメラヒューマンは自動量産じゃなかった……。でも実験って……誰が、なんのために? 君たちはその声の主の姿を見たのか?」


 隼人も梨央も首を横に振る。


「知らないわ。あっちも、あたしには興味ないみたいだったし、お互い利用するだけして終わりって感じね」


「俺もよくわかんないっすけど……そもそも、この迷宮ダンジョンってなんなんすかね? あんな人工物があって、変な声の主もいて、なんかすごい技術が残ってて……それについて、やたら詳しい先生たちもいて……」


 くひひひひっ、と梨央は低く笑った。


「少なくとも、モンスレさんたちが、日本政府のもとでずっと前から迷宮ダンジョンの研究を手伝ってたっていう話は嘘ね。あなたたち、初めて見るはずのものにまで詳しすぎるのよ。そのロザリンデって子に至っては、存在そのものが不可解だわ」


 近くで聞いていた丈二が顔をしかめた。フィリアやロザリンデも、どこか不安そうだ。


「……おれたちは単に、君たちを探して第4階層の奥まで行って、そこでの調査でわかったことを話してただけだよ」


「あら、じゃあみんなにもそう言うといいわ。あなたたち、今までは上手くごまかしてたけど、これからは追求する人間は増えるわよ。全員が納得できるといいわね」


「まさか、君の考えを誰かに漏らしたのか」


「ええ、頼まれたから教えてあげたのよ」


 瞬間、丈二が梨央に食ってかかった。


「誰に!? あなたの言っていたスポンサーとやらですか!? 闇サイトの発案者とやらに、なにを求められたのです!?」


「モンスレさんたちに興味津々だったのよ。なにか秘密を教えたら、大金を振り込んでくれるって」


「何者なのですか、そのスポンサーは!」


「知らないわ。振込元も、アドレスも、電話番号も毎回違うのだもの。ただ、外国人だというのは間違いないわね」


 丈二は表情に強い怒りを滲ませる。


「外国……ッ! あなたは、日本国の機密を海外へ売り飛ばしたのですよ! たかが金のために!?」


「お金だけじゃないわ。上手くいったら、あなたたちを排除できるかもしれないじゃない。どこぞの国に連れ去られるとかして」


「その結果、この島が、この迷宮ダンジョンが、どのような影響を受けるか……。下手すれば侵攻され、占領されてしまうかもしれないのがわからないのですか!」


「だからこその、この力よ! 暴力がすべてを解決するわ! 力があれば、何者にも屈しなくていいのよ! あなたたちにもね!」


 その瞬間、梨央の体が発光し始めた。また変身する気だ。


 4本の腕に力がみなぎり、拘束を引きちぎっていく。


「やめろ梨央さん! これ以上は」


「あひゃひゃひゃ! ごちそうさま、休ませてくれてありがとう! 今度こそあなたた――げふっ!?」


 前触れもなく、梨央は吐いた。先ほど食べたものだけでなく、大量の血を。


 発光が収まり、変身も始まらない。


「え? あれ? え……? なにこれ? なんで血が」


「吾郎さん、来てくれ! フィリアさんも! 3人で治療魔法だ!」


 すぐ3人同時に、梨央に治療魔法を施す。普通なら、かなりの重体でもこれで治せる。でも、これは違う。酷使しすぎて死んだ臓器や細胞を蘇らせることなどできない。わかってはいても、なにもせずにはいられなかった。


 だが、もちろん――。


「嘘……でしょ? だってあたし、こんな調子よくて、気分も最高で……」


 梨央は笑う。こんなときなのに、笑っている。昆虫的な関節や、目や口から血をだらだらと垂らしながら、ごきげんな様子で。


「あはっ、あれ? あたし、なんで笑ってるの? もう死ぬ……のに、恐くない。むしろ、えへっ、楽し――」


 梨央はそのまま倒れる。やがて虫の死骸のように手足を折り曲げて絶命した。


 彼女の最後の言葉で、おれは理解する。


……か。君の望み通りだったけど、本当にこれで良かったのかい……?」


 返事など、ありはしなかった。




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次回、隼人の体や梨央からの情報について、拓斗たちが対処に動き出します。

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