第126話 軽い気持ちで踏み込まれたくはない

「なあ一条、お前どう思う?」


 迷宮ダンジョン第1階層、通称『初心者の館』でひと仕事を終えたところ、一緒だった吾郎に声をかけられた。


「新人たちのこと? まあ、あんなものじゃない?」


 吾郎が言いたいことは、なんとなく分かる。


 新人冒険者の多くは、暇があるとすぐスマホをいじったりしていた。施設内でなら別にいいが、魔物モンスターの蔓延る迷宮ダンジョン内でさえ歩きスマホするを者がいたのだ。


 まあ、おれもフィリアに注意されたことがあるので、あまり人のことは言えないが……。


 今回の新人の数は、動画配信の人気もあってか、従来の3倍以上だったのだという。そのほとんどはスマホ世代だ。迷宮ダンジョンでネットが使えるなら、歩きスマホする者がいても不思議はない。


「あんなもん、で済ませていいのかよ。あいつら、あんなんじゃすぐ死んじまうぞ」


「おれもそう思うよ。訓練中も、写真だか動画だか撮ってる子もいたし……危なっかしいとは本当に思う」


 おれたちは政府から依頼を受けて、新人たちに訓練をしてやっていたのだ。


 初めて迷宮ダンジョンに足を踏み入れる彼らは、魔法が使えないのはもちろん、魔素マナの強化もゼロだ。油断すればすぐ死んでしまうだろう。


 そこで、第1階層にも安全な施設ができたのもあり、おれたち高レベル冒険者が持ち回りで訓練をおこなうことになったのだ。別日ではフィリアや丈二、紗夜たちや雪乃たちも担当している。新人の参加はあくまで自由だが、ほとんどが参加してくれている。


 ただ、強くなりたいというより、有名配信者に会いたくて参加している者も多い印象だ。実際、おれや紗夜たちの担当日に比べ、雪乃たちの担当日の参加者は少ない。


 何度か無許可でカメラを向けられて、さすがにイラッとしてしまった。


「遊びの延長と考えてるんなら、意識を変えてもらいたいけど……」


「これが他の業界ならよ、後悔しても転職する道もあるがよ……。ここじゃ、後悔する間もなく死んでるかもしれねえんだぜ。なんとかしたほうが良くねえか?」


「例えば?」


「例えば……しばらく第1階層を見回ってやったり……」


「それはもう、レベル2の人たちがやってくれてるでしょ」


「……迷宮ダンジョン魔物モンスターの危険性をしっかり教えてやったり」


「それも訓練の一環でやってる」


「そうだったな……。戦闘の訓練……も、さっきやってやったばっかりだが……」


「ほら、思いつくようなことは、おれたちもうやってるんだよ」


「そうだけどよ……。じゃあお前なら、どうする?」


「これまで通りさ。知識や戦い方を教えつつ、迷宮ダンジョンへ挑む心構えを飽きるほど説き続ける」


「それでも分からねえやつがいたら?」


「……自己責任だよ。おれはちゃんと、理由も含めて話してる。注意してたって死ぬかもしれないのに、覚悟が足りなかったり、遊び半分だったり、歩きスマホなんてしてたらどうなるか。それで意識を変えてくれた人もいる」


「残りは?」


「言い方は悪いけど、バカは死ななきゃ治らないってやつだよ。助けられる範疇を超えたら、おれにだってどうしようもない」


 第2階層ではおれたちの先行調査の甲斐があって、第3階層ではおれたちの見回りで、死者が出るのはなんとか食い止められていた。


 だがそれは、冒険者たちが迷宮ダンジョンの危険性をきちんと認識し、それぞれが自分の実力に見合う潜り方をしていたからこそだ。認識に誤差があってピンチに陥ることはあっても、しばらく持ちこたえられる。だから救援が間に合っていた。


 それが、遊び半分の者だったらどうなる? 考えるまでもない。おれたちが気づく間もなく、魔物モンスターの餌になっていることだろう。


 半端な覚悟で足を踏み入れた者に、他者がしてやれることは少ない。


「お前にそこまで言わせるってのは、相当なもんだな」


「この迷宮ダンジョンはさ、吾郎さんも、美幸さんも、紗夜ちゃんや結衣ちゃん、雪乃ちゃんもみんな、色んな事情を抱えながら辿り着いた大切な居場所なんだ。そこに軽い気持ちで踏み込まれたくはないよ」


「そりゃ同感だがな。教えてなんとかなる程度ならよ、受け入れてやりてえとも思うぜ」


 吾郎は腕を組んで考え込んでしまう。


 その様子に、中学の時の生徒指導の先生を思い出す。


 実際、吾郎の訓練教官ぶりはなかなかだった。少々口は悪いが、熱心で、わかりやすく、それでいて意外と面倒見がいい。


 思えば、文句を言いながらも若いパーティメンバーふたりを、しっかり育て上げていた。


 しかも彼は、いずれふたりが自分を嫌ってパーティを巣立っていくと予想して、それに備えていた。


 バランス良くステータスの低かったふたりを、そのバランスを保ったまま高いステータスに鍛え上げていたのだ。なんでもできる器用な人材なら、多少人格に問題があっても、受け入れ先はいくらでもあるはずだ……と。


 結局のところ、その真心を彼らが察したことと、吸血鬼ヴァンパイア退治のときに必死で彼らを助け出したことが重なって、ふたりは吾郎を慕うようになった。今でもパーティを組み続け、第3階層でも活躍している。


 本人は面倒くせえとか言ったりするが、なんだかんだで、教官に向いているのだろう。


 やがて吾郎は、ため息をついて呟く。


「……資料、もらってくるか」


「いい手が浮かんだ?」


「いい手かは知らねえがな。くそ、面倒くせえな……」


 ぼやきながら席を立つ。休憩室から出ていく。研究施設のほうへ向かうようだ。


「じゃあな、一条」


「ああ、またね吾郎さん」


 おれのほうは、別室で魔素マナの基礎知識の講義をしていたフィリアと合流する。


 せっかく第1階層まで来たので、地上の町のほうへ出てみることにしたのだ。


 華子婆さんにも会いに行って、お茶をしてのんびり。結局一泊していくことになり、夕食の買い出しに行く。


 その途中だった。おれは足を止める。


「タクト様? どうかなさいました?」


「なんか争ってるような気配が……」


 それに、知っている声が聞こえた気もする。


 嫌な予感がして、気配を追ってみる。そこは暗い路地裏だった。ただでさえ目立たないのに、入口にワゴン車が駐車して、奥が見えづらくなっている。


 いや。意図して、見えなくしているのだ。


 そのワゴン車の裏側で声がしている。複数人の男に組み付かれ、口をほとんど塞がれている女性。抵抗むなしく、今にもワゴン車に乗せられてしまいそうだ。


 その女性を、おれたちは知っている。


「雪乃ちゃん!? お前たち、なにをしてるんだ!?」




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いったいなにが起きているのでしょうか!?

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