第104話 魔物と人間の異種格闘技戦

 グリフィンを倒すだけなら簡単だ。策を弄して、隙ができたら急所に一撃入れればいい。


 しかし、こちらのほうが強いのだと認めさせるとなると話は違う。


 正攻法で、殺さずに、勝利しなければならない。人間より遥かに身体能力に勝る大型の魔物モンスター相手に、である。


「タクト様ならきっとできますよね?」


 フィリアは期待に目を輝かせる。瞳に一切の疑いの色がない。


「まあしっかり準備すれば、ね」


 こちらとて異世界リンガブルームでは、怪力で知られる一ツ目巨人サイクロプスにも殴り勝てていたのだ。充分な魔素マナがあればグリフィンなんて目じゃない。


 というわけで、おれたちは素材を集められるだけ集めた。それらで魔力薬を作ってから、グリフィンの群れを探す。


 やがてオスが1匹、メスが2匹の群れを見つけた。


「いましたね……。タクト様、いかがでしょうか?」


「3匹なら、屋敷の庭に住まわせるのにちょうどいい数じゃない?」


「ひとり1匹で足りるわね。みんな一斉に行きましょう」


 やる気満々のロザリンデだが、おれはそっと手を出して制止する。


「いやロゼちゃん、おれひとりでいいよ。たぶん1対1になるから」


「あら、そうなの?」


「まあ見ててよ。フィリアさん、お願い」


「はい、強化魔法ですね」


 フィリアに身体強化魔法をかけてもらう。さらに、先程作った魔力薬を服用する。


 体に魔素マナが満ちていく。元素破壊魔法を使ったときほどではないが、最大能力の半分くらいは出せるだろう。


 おれはみなぎる魔力をあえて放出しながら、グリフィンの群れに近づいていく。


 第2階層ではまず感じることのできない魔力だろう。グリフィンのメスたちは、一様に怯み、警戒しつつ一歩二歩と離れる。


 代わりにグリフィンのオスが、歩み出てくる。


 グリフィンの群れは主にメスが狩りをおこない、唯一のオスが、そのメスたちや縄張りを守る。もしその役目を怠ることがあれば、ボスたる資格なしとして群れから追い出される。


 どんな脅威が相手でも、グリフィンのオスに逃走は許されないのだ。


 ――ピィイイイ!


 目の前に迫る巨体。威嚇の声を上げられるが、おれはもちろん怯まない。むしろ叫び返す。


「さあ、かかってこい!」


 グリフィンは隙を窺うように、じりじりと横歩きでこちらの側面に回り込もうとする。おれも拳を握り、構えてみせる。


「あ、そうだ。ふたりとも、周辺の警戒よろしくね。ハーレムを狙って、他のオスが来るかもしれないから」


「タクト様!」


 ふたりに声をかけた隙に、グリフィンは突っ込んできた。だが今のはだ。


 突き出されたくちばしをかわし、カウンターでグリフィンの側頭部に拳を叩きつける。


 そこからは魔物モンスターと人間の異種格闘技戦だ。


 相手は動体視力に優れたグリフィン。こちらもかなり強化されているとはいえ、下手な攻撃は回避されてしまう。だからこそカウンターを狙い、一撃一撃を確実に叩き込む。


 こちらもすべての攻撃を回避できるわけじゃない。グリフィンは、俊敏性と剛力を併せ持つ。回避不能な攻撃は、あえてこちらから当たりに行き、威力を殺すしかない。無傷では済まないが、その分、強打を当てやすくなる。


 とはいえ巨体ならではのタフさだ。なかなか倒れてくれない。


 こちらの強化は時間制限付きだ。早めに決着を付けたいが……。


 そう思い始めたとき、グリフィンが大きく羽ばたいた。不意の強風に、体勢を崩してしまう。その隙にグリフィンは上昇した。上空からの攻撃で、一気に勝負を決める気だ。


 そうはさせるか。


 おれは咄嗟にグリフィンの足に飛びついた。


 振り落とされる前に素早くよじ登り、背中へ到達。無防備な後頭部へ、全力の一撃。グリフィンは地面に落下した。


 おれも衝撃で転がり落ちる。受け身を取って体勢を整えたときには、すでにグリフィンが突進してきていた。だが後頭部への攻撃が効いているらしい。勢いは衰え、軌道もぶれている。


 チャンス!


 おれはグリフィンの頭を捉え、瞬間的に力の方向を変えてやった。直線運動から回転運動へ。勢いに乗った巨体は、縦にぐるりとひっくり返り、背中から地面に叩きつけられた。


 突進の威力が、そのまま自分に返ってきたようなものだ。凄まじい威力だったろう。


 グリフィンは、ずん、と横倒しになった。立ち上がろうとするが、立ち上がれない。


「お見事です、タクト様!」


「うん、勝てたよ――って、フィリアさん、動画撮ってたの?」


 歓声に振り返ってみれば、フィリアはしっかりスマホを構えていたのだった。


「はい。モンスレさんVSグリフィンの格闘戦ですもの。撮影しないのはもったいないです。広告収入も増やしませんと」


「まあいいけどさー」


「そこまでよ、フィリア。タクトの予想が当たったわ」


 ――ピィィイ!


 ロザリンデの声とその鳴き声はほぼ同時だった。


 近くで様子を窺っていたのか、べつのオスがおれたちの前に降り立った。


 メスたちが威嚇の声を上げる。対し、そのオスは威圧的に鳴く。


 そしておれのほうへ――いや、おれが倒したグリフィンのほうへ向かってくる。トドメを刺して、群れのボスに成り代わるつもりだ。


「やめなさい!」


 素早くロザリンデが飛び出した。霧化したかと思うと、襲撃者の周囲にまとわりつき、やがてその眼前で体を再構成した。くちばしを両手で掴み、抑えている。


 そのオスは首を激しく動かして振りほどこうとする。小柄で軽いロザリンデは容易く振り回されるが、驚異的な握力で決して離さない。


 むしろその合間に、げしげしとグリフィンの首を蹴る余裕まである。


「フィリアさん、今のうちに治療魔法を!」


「はい、タクト様。今、参ります!」


「おれじゃなくて、こっちのグリフィンに! 群れを守るのは、こいつの役目だ!」


「わかりました!」


 フィリアが倒れたグリフィンに治療魔法を発動。さすが、おれより上手だ。グリフィンはみるみるうちに回復し、立ち上がる。


 そして襲撃者へ、体当たりをぶちかました。


 空中に投げ出されたロザリンデは、くるりと反転してから優雅に着地。


 ――ピィイイ!


 倒れた襲撃者に、グリフィンは攻撃的に威嚇する。


 襲撃者は起き上がり、怯みつつも威嚇を返す。


 だがメスたちも威嚇の声を上げたことで、敵わないと判断したらしい。すごすごと後退し、やがて飛び去っていった。


 残ったのは3匹のグリフィンと、おれたち3人。


 グリフィンの群れはまだ警戒しているが、襲ってくる気はもうないらしい。


 ぽん、とフィリアは胸元で手を合わせる。


「では次は、友好の証に、美味しい食事を提供してあげましょう」




------------------------------------------------------------------------------------------------





このままグリフィンと仲良くなれるでしょうか?

ご期待いただけておりましたら、ぜひぜひ★★★評価と作品フォローで応援ください!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る