第103話 ただ待っているわけにはいかないわね

「インターネットは売り物じゃないよ~」


 フィリアの発言に、ミリアムは苦笑気味に答えた。


「わかっております。感情が先走ってしまいましたが、つまりは、先ほど早見様が仰っていた魔素マナによる通信を確立していただきたいのです」


 敬介は困惑する。


「えぇと、あくまで理論というか、僕が考えてるようなことを魔法でできるんなら、可能かも……ってくらいのものなんですけど……」


「それで構いません。魔法の知識ならわたくしたちがご提供いたしますし、必要な道具があればミリアム様がきっとなんとかしてくださいます。お金が必要なら、わたくしたちが投資いたします!」


「えっと、店長……。こう言ってくれてますし、やってみてもいいですか?」


 ミリアムは難しそうな顔をした。


「う~ん。人手取られちゃうとますます忙しくなっちゃうしなぁ……。でも面白そうなのは確かなんだよねぇ。ん~、じゃあお店優先でいいなら、いいよ」


 敬介は嬉しそうに笑った。


「わかりました! よかったぁ!」


「ではよろしくお願いいたします、早見様」


「はい。じゃあ、まずは構想をまとめておきますね。ちょっと時間がかかっちゃうかもしれませんけど……」


「大丈夫です。わたくしたちも、これからやることがありますので」


 するとミリアムは不満そうに唇を尖らせた。


「アタシのときは細かく期限切ってくるくせに、ケースケにはそうしないんだ……」


「早見様はいいのです。サボり癖のあるミリアム様と違って、やる気に満ち溢れておりますから」


「ぶー。アタシだってやるときはやるんだぞー」


「はい。いつも頼りしておりますよ。ですので、しっかり早見様のサポートをよろしくお願いいたしますね」


 おれたちは新調した装備の会計を済ませ、迷宮ダンジョンへ向かった。



   ◇



 第2階層の森の中。


 ひときわ大きな樹のウロの中に、ロザリンデは潜んでいた。彼女に持たせたトランシーバーがなければ、おれたちでも見つけられなかっただろう。


 お陰で、他の冒険者たちにも存在を知られていないのは良いことだ。


「まあ、ジョージったらそんなことを言っていたの?」


 丈二からの伝言を伝えると、ロザリンデは遠い目をして微笑んだ。


「うん、丈二さんらしいでしょ」


「ええ、伝えてくれてありがとう。わたしも、ただ待っているわけにはいかないわね。タクト、フィリア、わたしも手伝うわ」


「いいのかい?」


「当然よ、わたしたちの住む家のことだもの」


「わかった。でも無理はしないでね。また倒れたりしたら大変だ」


「平気よ。ジョージから血をもらって、たっぷり眠ったわ。体調はすこぶる良好なの。それで? まずなにをするの?」


「まずは屋敷の様子を見て、それからグリフィンを探しに行こう」


 おれたちは3人で、ダスティンの屋敷へ向かった。


 丈二がばら撒いた封魔銀ディマナントの粉末は、もう風に流されていて、フィリアやロザリンデに悪影響はなさそうだった。


「まあ、古いけれどなかなか趣深いわ」


 屋敷に入ってすぐ、ロザリンデは感嘆した。


「はい。それに、お部屋の数もなかなか多いのですよ。月単位でお部屋を貸す余裕もありそうです」


「事情もなく迷宮ダンジョンに住む人がいるかな? ……いや、生活環境が整ってるなら案外需要あるかも。ずっと中にいればレベルも早く上がるわけだし」


「食料や装備品などをこちらで販売すれば、きっと大繁盛です」


「そうだね。予算厳しいし、これからはちょっとシビアに商売のこと考えていかないと」


 そんな話をしながら、おれたちは屋敷内の写真を撮っていく。修繕工事前に、業者に建物の様子を見せるためだ。


 ついでに、迷宮ダンジョンをマッピングする要領で、屋敷の間取り図も簡単に描いておく。


 気づくとロザリンデは側からいなくなっていた。探してみると、玄関前ロビーで佇んでいた。


「血痕があるわね……。丈二が、ここで悪い子と戦ったのね?」


「そうらしい。彼がいなかったらあいつを倒せなかった。フィリアさんや紗夜ちゃん、他のみんなも助けられなかった」


「どんな子だったの、もうひとりの上級吸血鬼は」


「傲岸不遜なやつだったよ。ひとりが寂しくて、家族や仲間が欲しいって言ってた。それでおれたちを襲ってきたんだ」


「そう。悪くて、愚かな子……。なんでも思い通りになる相手なんて、家族でも仲間でもないのに。所詮は自分の鏡。自分自身に囲まれたところで、寂しさなんて拭えるはずがないわ」


 フィリアも戦闘の痕跡に目を向ける。


「今となっては彼の言葉が真実か、ただの欺瞞かもわかりません。ですが話を聞いた限りでは、かつて『闇狩り』に敗れて失った力を取り戻した暁には、再び悪行を為すつもりだったようです。その隠遁生活の途中で、この迷宮ダンジョンに飛ばされていたそうですが」


 ちなみにフィリアが聞き出してくれていたのだが、ダスティンは、フィリアと同じ時代から飛ばされてきたらしい。そしてロザリンデも同じ時代と思われる。


 おれ以外は、みんな同じ時代ということになる。そこにどんな意味があるのかはわからない。


「……悪い子はみんなそう。どうして人を襲うなんて怖いことができるのかしら」


「親に当たる吸血鬼に、そう教えを受けたからかもしれない」


「そうね。わたしにはいなかった。わたしが吸血鬼化してすぐに、怖い人たちにやっつけられたから。そのお陰で、わたしはわたしでいられて、ジョージと巡り会えた……」


 嬉しそうに微笑んでロザリンデはその場にしゃがむ。丈二の血痕を愛おしそうに指でなぞり、それからその指を口に――。


「ロザリンデ様、それははしたないです!」


 フィリアに止められて、ロザリンデは舐めようとした指を口から離した。


「あ。そ、そうね。おかしいわ、魔素マナなら充分なのに。ジョージのだからかしら。無意識に誘われてしまって……」


 ロザリンデが、指についた血を前に一瞬だけ見せた表情。


 杞憂かもしれないが、おれはそこに嫌な予感を覚えた。


「……よし。ひとまず屋敷の様子は確認できた。次はグリフィンを探しに行こう」


 少々強引にロザリンデの手を引いて、その場から――血の近くから離れる。


 外に出てから、おれは誤魔化すようにフィリアに明るく声をかけた。


「それで、魔物モンスターってどうやって手懐ければいいの?」


「はい。まずは、こちらのほうが強いのだと分からせる必要があります」


「えっと、当然殺しちゃダメだから……」


「母の場合は、殴り倒していました。タクト様も、ぜひそうしてくださいませ」


「グリフィンとガチンコの殴り合いかぁ……」




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果たして拓斗は、グリフィンとの殴り合いを制することができるのでしょうか?

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