第89話 おおぉ、魔女っ子変身だ……!

「……津田さん、あたしのメガネがないくらいで、そんな深刻にならなくてもよくないですか?」


「いいえ、葛城さん。他人に人生の一部を奪われたのですよ。卑劣な吸血鬼ヴァンパイアめ、殴れるうちにもっと殴っておくべきだった……!」


 丈二がグググッと拳を握りしめると、紗夜は大きくため息をついた。


「べつにメガネは人生じゃないです……」


 呆れながらも、紗夜は丈二の怪我を消毒して傷薬を塗ってくれている。


 一応、自分で手当てしておいたのだが、どうしても手が届かない場所もあって半端になってしまっていた。それを紗夜に見咎められて、やり直してもらうことになったのだ。


 周囲は結衣が警戒してくれている。


 半下級吸血鬼たちは、木に縛りつけられている。紗夜と結衣がやったようだ。上級吸血鬼ダスティンの影響が完全に消えて、体がもとに戻るまでは拘束しなければならない。


 ちなみに吾郎も縛られている。なんでも下級吸血鬼の毒にやられたらしい。解毒剤は打ったが、それが万が一にも効かなかったときに暴れ出さないよう、みずから拘束を望んだのだそうだ。


 紗夜はやがて、包帯をぐるぐると巻いてくれる。


「津田さんって、そういうのが無ければ格好いいんですけどね。真面目にやってるときはクールだし、こうして見ると体つきもすごいですし」


「真面目なクールな男なんて、つまらないらしいですよ。私は、なれるなら愉快なお兄さんのほうがいい。そのほうが、決めるべきときに決めたとき、美味しいではないですか」


「もったいないなぁ。津田さん、クールなまんまならモテそうなのに。あっ、もしかして、もう彼女さんいたりするんです?」


 包帯が巻き終わる。丈二は苦笑しながら紗夜のほうに向き直った。


 紗夜は他に着替えがないらしく、魔法少女衣装のまま。少し恥ずかしそうだ。


「彼女なんていませんよ。でもまあ、これから探すのもいいかもしれませんね。ダンジョンに出会いを求めてみますか」


「冒険者も探索者も、女の人少ないですよ?」


 とかやっていると、だだだだっ! と結衣が勢いよく駆け込んできた。紗夜に寄り添い、がるるるっ! とばかりに前髪に隠れた瞳で丈二を睨んできた。


「ユイの紗夜ちゃんを、ナンパしないで……ください」


 丈二は両手を小さく上げて降参のポーズ。


「してませんよ。推しは見守るものであって、恋するものではありません。百合に挟まるつもりもありません」


 結衣は、むー、とジト目を向けてくる。


「そんな疑わないでください。私の好みは年上のお姉さんなのですから」


「美幸さん、みたいな?」


「末柄さんは、魅力的な方ですが……これから声をかけるとなると、失恋の傷心につけ込む形になってしまいますね。それはしたくない」


 紗夜は苦笑する。


「そんなこと言ってたら、いつまで経っても彼女できませんよ?」


「まあ、いいではないですか。来期の新冒険者に期待です」


「でも……そっかぁ。美幸さんは気の毒ですけど、一条先生とフィリア先生、ついにくっつくんですね?」


「私はそう読んでいますよ。あのふたりのことですから、すれ違うこともあり得ますが」


「むしろ……このシチュエーションで、くっつかなかったら、異常だと、思います」


 結衣の言葉に、丈二も紗夜も笑って頷く。


 といったところで丈二は立ち上がった。


「葛城さん、手当てしていただきありがとうございます。今井さん、周辺の警戒は交代しますよ」


「あ……はい」


「葛城さん、体に異常が発生したらすぐ申告してください。意識がハッキリしているとはいえ、あなたは上級吸血鬼になりかけていたのですから」


「はい、わかりました」


「それと、もとに戻るにつれて視力も落ちていくはずです。行動には注意を。今井さんもフォローをお願いします」


「あ、それは大丈夫だと思います。メガネが必要なら……」


 紗夜は魔力を集中させた右手を、顔の左側から右側にスライドさせる。


 魔素マナが霧のように発生し、それがメガネの形になって、紗夜の顔に装着された。


「じゃーんっ。こういうことできるのでっ」


 丈二はさすがに驚いた。


 紗夜が使ったのは、上級吸血鬼の霧化と実体化だ。


「葛城さん、それは……」


「なんかできちゃいました。魔素マナを操ってるので、魔法だと思います」


「いえ……上級吸血鬼の能力でしょう。一条さんから聞きましたが、上級吸血鬼は霧になれるだけでなく、霧化した体や衣服を、形を変えて再構成することもできるのだそうです。その能力で変装したり、コウモリやオオカミに化けることもあるとか」


「でもあたし、体は霧化できないですよ?」


「それは、完全には上級吸血鬼になっていないからでしょう。いずれ体がもとに戻れば使えなくなると思いますが……」


「そうなんですね……。便利なのに……」


「乱用してはなにが起こるかわかりません。使用は控えたほうが良いでしょう」


「はぁーい……」


 残念そうな紗夜だが、その隣で結衣が興味津々に目を輝かせる。


「ね、紗夜ちゃん。服も変えられるんだよね? 変身、できるんだよね?」


「それは、やってみないとわかんないけど……」


「見たい。やって……。ねえ、紗夜ちゃん、やってみて。お願い……」


 ぐいぐいと結衣は、紗夜に迫っていく。紗夜は困り顔で引いていく。


「えっとぉ、津田さん?」


 丈二は肩をすくめた。正直、丈二も好奇心を抑えきれない。


「……一度くらいは試してもいいかもしれませんね」


「だってさ、ねっ、紗夜ちゃん……! 変身っ、変身してみて……っ!」


「わ、わかったよぅ……じゃあ……」


 結衣の勢いに負けて、紗夜はその場から数歩引いた。


 丈二は大急ぎでスマホを取り出し、カメラアプリの録画モードを起動した。


「研究資料として録画させていただきます」


「ユイも、バックアップで、録画しときます……っ」


「本当に研究資料ですかぁ?」


「紗夜ちゃん、はやく、はやく」


 恥ずかしそうにしながらも結衣に急かされて、紗夜は両手に魔力を集中させた。


「えぇーい!」


 掛け声とともに、両手から霧を放出。それを全身に浴びるように、くるくるとその場で回転。全身にまとった霧は衣服に再構成されていく。


 魔法少女の衣装の上に、黒いとんがり帽子と黒のローブが追加された。いかにもな魔法使いの装いだ。


 やっていくうちに興が乗ったのか、ポーズまで決めてくれる。


「ど、どう、かな?」


「おぉ、魔女っ子変身だ……」


「いい! 紗夜ちゃん、いい!」


 揃って歓声を上げる丈二と結衣である。


「……なにしてんの君たち?」


 そこに現れた拓斗に声をかけられて、紗夜はびくぅっ! と跳ねた。


「ち、違うんです、先生! 遊んでたわけじゃないんですっ!」




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次回は、打ち上げ回です!

ひとつの冒険が終わって、和やかに過ごす時間をお楽しみくださいませ。

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