第88話 不束者ですが、よろしくお願いいたします

「無し……ですか?」


 フィリアはひどくショックを受けたようだった。唇を震わせ、うつむいてしまう。


「そう、ですよね……。好きでもない相手への口づけなど、忘れてしまいたいですよね。ですが、貴方が忘れてしまっても……わたくしが覚えていることは、許してくださいませんか。貴方が、キスで救ってくださったことは、大切な思い出に――」


「待ってフィリアさん! 言い方が悪かった! そういう意味じゃないんだ」


 フィリアは顔を上げて、不安そうに首を傾げる。


「では、どういう意味なのでしょうか?」


「あれは、あくまで緊急的なもので……しかも戦いの最中で、ムードもなにもなかった。あんなのを、おれと君の初めてのキスにしたくないんだ」


「それは……つまり……?」


 まっすぐに向けられる黄色い綺麗な瞳に、おれは想いをそのまま口にする。


 計画的に告白しようなんて考えていたけれど、もうそんなのどうでもいい。


「おれは、フィリアさんが好きだ。君とは、ちゃんとしたキスがしたい」


 フィリアは息を呑んだ。みるみるうちに顔が赤くなっていく。その瞳がうるうると輝く。


「わたくしも……わたくしもタクト様が、好きです。愛しています」


 けれど、フィリアは目を背けてしまう。


「本当に……よろしいのですか? わたくしは、落ちこぼれです。剣も、魔法も、なにもかも中途半端です。実際、魔力回路も失敗してしまっていました」


「あれは結果オーライだって君も言ってたじゃないか」


「ですが失敗は失敗です。わたくしなどが、貴方ほどの英雄に、釣り合えるとは思えないのです」


「フィリアさん、釣り合う釣り合わないは、王家では当たり前の考え方かもしれないけど……おれはお互いに好き同士ならいいと思うし……中途半端さなら、おれも同じなんだよ」


「とてもそうは思えません。どんな武器も使いこなし、魔法だって……あのような禁呪さえ操ることもできて……」


「その魔法だけど……おれ、あれ以外に攻撃魔法使えないんだよね……」


 おれが苦笑すると、フィリアはきょとんと目を丸くした。


「そう、なのですか?」


魔物モンスターの倒し方を勉強するのに忙しくてさ……」


「ですが、それなら魔物モンスター退治を極めていらっしゃいます」


「それだって細かく見れば中途半端さ。今回の吸血鬼ヴァンパイアだって、本当の専門家の『闇狩り』ならもっとスマートに倒してたはずだ。おれは異世界リンガブルームでの仲間たちの技術を、かじる程度にしか習得できてない」


「確かに、『破滅を払う者ドゥームバスター』様は、最強ではありませんでしたが……」


「実際そうさ。仲間たちの専門分野で、勝てたことなんてなかったよ。でも君が言ってくれたじゃないか。強さじゃないって。あらゆる脅威への対処法を学んで、誰かを守るためなら、どこへでも行って、なにとでも戦った……。『破滅を払う者ドゥームバスター』は最強でなくても、最高の英雄なんだって」


 おれはフィリアを安心させたくて、優しく微笑みを浮かべる。


「君も同じだよ。最強の剣士でも、最強の魔法使いでもないかもしれないけど、どんな状況にだって対応できる。魔力回路作ったり、他にもおれの知らない知識や技術だって持ってるかもしれない。だから……嫌な夢を見せられたかもしれないけど、気にすることなんてないんだ。おれが最高の英雄になれるなら、君だって、最高のお姫様になれるんだ」


「……そのように仰ってくださったのは、タクト様が初めてです」


「きっとみんな、君が器用になんでもできるから、悩んでるなんて思わなかったんだよ」


 フィリアは、やっと不安そうな表情を溶かした。


「ありがとうございます……。今は確かめるすべはありませんが……タクト様がそう仰るなら、信じようと思います」


「うん……差し当たっては、ひとつ、もう君が手にしてるを教えてあげるよ」


「わたくしの、ですか?」


 頷いて、おれはフィリアを正面から真剣に見つめる。


「君はずっと前から、おれにとって最高の女性ひと……なん、だ」


 言っているうちに顔が熱くなって、最後の最後で目を逸らしてしまう。


「ごめん。なんか、思ったより照れる……」


 フィリアのほうも赤面しつつ、はにかみの笑みを見せる。


「はい。照れますが……心地よくて、幸せな気持ちです……」


 改めて見つめ合い、やがてフィリアは決心しておれの胸板に両手を当てた。言葉もないままに背伸びする。その唇に、おれも唇を近づけた。


「……んっ」


 そっと柔らかく触れるだけで、すぐ離れる。


 鼓動が外に聞こえてしまいそうなくらい強くなる。ますます体温が上がって、フィリアのことしか考えられなくなっていく。


 フィリアも頬を赤く染めたまま、惚けたような表情で自分の唇を指で撫でる。


「……しちゃいました、ね。キス」


「うん。どうだった?」


「はい……。はしたないかもしれませんが……もっと、したい……です」


「いいよ、もっとしよう」


 今度は味わうように長く。


 フィリアはおれをより感じようと、懸命に唇を重ねてくる。応じるように舌を絡ませれば、彼女も真似して絡ませてくる。


「ん……ちゅっ、ん……ふ、うん……」


 フィリアの夢中な吐息や、甘い口づけの味、その香り。すべてがおれの脳をとろかすようだった。


 息苦しくなったのか、やがて離れていく。恥ずかしそうに両手で口元を隠すと、ぽろり、と涙が頬を伝った。


「こんなに幸せなことがあって良いのでしょうか……」


「……もっと、幸せなこともしてあげたいけど」


「それはまだダメ、です。ここは迷宮ダンジョンですから」


「わかってるよ。でもせめて……」


 そっと引き寄せて、細く綺麗な体を抱きしめる。


「少しだけ、こうしていよう」


「はい。ふふ……っ、タクト様の匂いです。幸せです……」


 フィリアはおれの胸板に頬をこすりつける。


「……助けに来てくださって、ありがとうございます。信じてはおりましたが……本当に嬉しかったです」


「囚われのお姫様は助けるものだからね。それが好きな人なら、なおさらだ」


「わたくし、勇者様に助けられるお姫様に憧れがあったのですよ。夢が、ひとつ叶ってしまいました」


「ひとつと言わず、これからも色んな夢を叶えていこう。一緒にさ」


「はい。これからも、ずっと一緒に……。不束者ですが、よろしくお願いいたします」


 おれたちは満足するまで抱き合った。



   ◇



「なんてことだ……」


 結衣たちと合流した丈二は、嘆きの声を上げた。


「こんな被害が出ていたとは……! なんて、ひどい……」




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次回、丈二が見たものとは!? いったい、誰のメガネが被害を受けたのでしょうか! ご期待いただけておりましたら、ぜひぜひ★★★評価と作品フォローで応援ください!

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