第44話 まさかお姫様だなんて

「タクト様、デートとは……あの、交際している男女で出かけることだと窺っておりますが……わたくしたちは……」


 フィリアはだんだんと俯いていき、ついには言葉を途切れさせてしまう。その横顔は長く綺麗な銀髪に隠れてしまうが、隙間に見える耳はすっかり赤くなっていた。


 こんな反応をされてしまうと、言ったおれのほうも照れてしまう。


「いや、その……そんな堅苦しく考えなくていいんだ。確かに恋人同士でもするけど、そうじゃなくても、友達とふたりで遊ぶだけでもデートだし、最近じゃ女の子同士でもデートって言うし……」


「そ、そうなのですか……。タクト様のことなので、またそういう冗談なのかと……」


「それなら、冗談で返してくれてもよかったのに」


「わたくしにだって……できることと、できないことがあります」


 黄色く綺麗な瞳に見上げられて、ドキドキしてしまう。


「えぇと……それで、どうかな? 食事でもしながら、改めて自己紹介できたらいいなって思ってただけなんだけど」


「はい。そういうことでしたなら、ぜひ」


 するとフィリアはおれの左側に寄り添った。


 その意図に遅れて気づき、肘がやや突き出るように腕を曲げた。フィリアはごく自然に、その腕を、慣れた仕草で掴んだ。


「エスコートを、お願いいたします」


 手から伝わる体温と、にこりとした微笑みに、おれの鼓動は早くなるばかりだ。


 しばらくぶりで忘れていたが、異世界で王族や貴族に招かれたときに学んだ。社交界では、女性に腕を預けてエスコートするのがマナーだった。


 フィリアの雰囲気からなんとなく察していたが、この慣れた様子からして、どこか良家のお嬢様だったのだと思う。


 あくまでマナーとして腕を組むのだから、恋愛的な意味を一切考えていないだろう。


 しかし……しかしだ、フィリアさん。


 この国では、こんな風に腕を組んで町を歩いていれば、恋人に見られるものなんだよ!


 まあ、そういう気分でいさせて欲しいから黙っておくけど。


 まだ昼には早く、多くの飲食店は開店前だったので、おれたちは近場で見つけた喫茶店に入った。


 飲み物が来てから、おれたちは本題に入った。


「それじゃあ、あらためて……。おれは一条拓斗。異世界リンガブルームでは10年間冒険者をやっててね。最後には『破滅を払う者ドゥームバスター』なんて二つ名で呼ばれてたよ」


「わたくしはフィリア・シュフィール・メイクリエと申します。メイクリエ王国の第2王女で、A級魔法使いの資格を持っております」


 名乗り合ってから、数秒の沈黙。


 同じタイミングで、お互いに吹き出してしまう。


「またまた。お姫様だなんて冗談言っちゃって」


「もうタクト様、異世界リンガブルームでそのような冗談を言ったら怒られてしまいますよ?」


「いやあ、フィリアさんだって、それメイクリエ国内で言ったら不敬罪だよ。最悪、首を斬られちゃうからね?」


 とか言ってから、あれ? と思う。フィリアは冗談好きだが、誰かへの敬意を欠くようなことは言わないはずだ。


 ということは……。


 黄色い綺麗な瞳でジッと見つめてくるフィリア。その笑顔は苦笑に変わりつつある。


「えっと……冗談じゃ、なかった?」


「はい。今となっては証明するすべもありませんし、証明してもあまり意味がありませんが……本当なのです」


「ごめん。まさかお姫様だなんて思わなくて……でも、そうか」


 彼女の言葉遣いや落ち着いた態度を思えば納得もする。先ほどのエスコートされ慣れている様子も、この若さで剣も魔法も高度に使いこなしているのも、王家の教育の賜物なのだろう。


「むしろ、なんで気づかなかったかな……。いつも見てたのに……」


「わたくしも、できるだけ表に出さないよう努めておりましたので。リチャード様は、どうやら王家に――というよりシュフィール家に恨みがあるようでしたから……」


 そっと唇に人差し指を立てる。


「なので秘密、ですよ?」


「わかった。でも……おれが口が滑らせたところでどうせ信じないんじゃないかな」


「どうしてそう思うのです?」


「だって、お金稼ぎに熱心で、スマホ買ってはしゃいだり、動画配信で一喜一憂してるのを見てたら、普通の女の子にしか見えないもんね」


「それは……わたくしだって、人の心がありますもの。はしたなかった、でしょうか?」


「いいや、いつもすごく可愛いなって思ってる」


「もうっ、タクト様ったら、また茶化すのですから」


「可愛いのは本当だって」


 あはは、と笑いつつも、心の中では肩を落とす。


 そっか。お姫様か……。


 身分が違う。それなりに名が通っていたとはいえ、所詮おれは一介の冒険者だ。告白したところで、相手にされないかもしれない。


 よしんばフィリアが受け入れてくれたとしても、異世界リンガブルームに戻ることができたら、身分を理由に引き離されるに違いないのだ。


 実際、某国の姫に熱愛を向けられたことがあったが、周囲の人々の働きにより、おれがその事実を知る前に、彼女は他国へ嫁いでいった。


 フィリアがずっとこの世界にいてくれるのなら当たって砕けてみてもいいが、それを望むのは彼女に故郷を捨てろと言うのと同じだ。


「……おれも、フィリア様って呼んだほうがいいのかな?」


「やめてください、秘密になりません。それに……距離が遠くなったようで、嫌です」


 本当に暗い顔をするので、彼女がおれに親しみを感じてくれているのは間違いない。


 今はそれだけでも充分だ。


「悪かった。じゃあこれまで通り、フィリアさんだ」


「はい。フィリアさんです。ふふっ」


 お茶を口に含んで、ちょっと一息。それからフィリアはまた黄色い綺麗な瞳を向けてくる。


「それで、タクト様の本当の二つ名はなんというのですか? さあ恥ずかしがらずに」


「いや、名乗っても知られてなかったら、そりゃ恥ずかしいけど……おれもべつに冗談を言ってたわけじゃないんだよ?」


 フィリアは目をパチクリさせた。


「冗談ではない、と仰いますと……」


「本当に、おれは『破滅を払う者ドゥームバスター』って呼ばれてたんだ」


「で、ではタクト様、本当の本当に、あの伝説の『破滅を払う者ドゥームバスター』様なのですか?」


「いやいや、伝説になるほど昔のことじゃないでしょ」


「そ、そうなのですか……。こちらの方々は、よほど寿命が長いのですね……? わたくしたちにとっては、200年以上も前のことは伝説ですのに」


「200年!?」




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