第29話 試作品を作ってもらおう

 美幸が帰ったあと、今回の獲物を換金し終えた紗夜が、おれにお金を差し出してきた。


「いいのかい、紗夜ちゃん。もっと貯金ができてからでもいいんだよ?」


「いえ! いつまでも待ってもらってても悪いですから!」


 初めて会ったときの、魔物モンスター素材製の武器が有効だと教えてあげたときの情報料だ。後払い分は5万円だけだったはずだが……。


「だとしても多すぎるよ。これはなんのお金?」


「勉強代です! 今日もたくさん教えてもらえましたから!」


「う~ん、でもなぁ」


「受け取ってください。あたし、ちゃんと自立したいので、こういうのはしっかりしておきたいんです」


 どうしようかと肩をすくめてフィリアを見やる。彼女は柔らかく頷いた。


「受け取るべきです。葛城様は愛らしいので、庇護したくなるお気持ちは痛いほどよくわかります。けれどそれは行き過ぎると、相手を下に見て、支配することにもなります。それはお互いに望むところではないはずです」


「……それもそうか。わかった。受け取るよ」


「はいっ、ありがとうございます! それと、これなんですけど……」


「おれがあげたナイフじゃないか」


「ちゃんと装備を買えるようになったら、お返しするつもりだったんですけど……。結構、気に入っちゃってて……返す代わりに、買わせてもらってもいいですか?」


「この流れじゃ断れないよ。えぇと、じゃあ、中古だから半額で」


 紗夜は提示した金額を素直に払ってくれた。


「えへへっ、じゃあ、これからもよろしくお願いしますっ」


 そうして紗夜は笑顔で帰っていった。


「……あのナイフ、葛城様に渡されたときはまだ新品でしたでしょうに」


「紗夜ちゃんには黙っててね?」


 するとフィリアは、いつものように唇に指を立てて微笑む。


「はい、もちろん秘密です。それくらいの優しさは、あっていいと思います」


「ありがと。じゃあ、おれたちも行こうか」


「はい。例の探索者を増やすアイディアですね。どちらに?」


「武器屋『メイクリエ』がいいかな。試作品を作ってもらおう」



   ◇



「いらっしゃーい、ってフィリアじゃん。今日も店番やってくれんの~?」


 カウンターに頬杖をついていた武器屋『メイクリエ』の女店主は微笑んだ。


 ぼさぼさの茶髪をひっつめにして無理に整えたような髪型。眠たそうな目をしていて、表情にはしまりがない。着込んだ厚手の作業ツナギは胸元がだらしなく開かれ、中のシャツがあらわになっている。全体的にゆるそうな雰囲気が漂う女性だ。


「ごきげんよう、ミリアム様。今日はお仕事の依頼に参りました」


「えー、やだー。働きたくなーい」


「わたくしも不労所得は夢ですが、今は働くべきときです。どうせこれから忙しくなるのですから、今のうちに慣れていてください」


「えー、忙しいのはやだなぁー。でもフィリアに言われるんじゃー、しょうがないかー」


 ミリアムは頬杖をやめ、こちらを真っ直ぐに見上げた。


「それで~? どんな仕事?」


「それはこちらの一条様から」


 自己紹介もほどほどに、おれはミリアムに説明した。


 ミリアムは、ふーむ、と息をついた。


「なるほど~、魔物モンスター除けかぁ~」


 美幸が採掘しているときの一番の障害は、大量に寄ってくる魔物モンスターだった。


 迷宮ダンジョン内を進むだけなら、歩き方を少し変えるだけでずいぶんと安全に進むことができる。


 しかし採掘時はそうはいかない。鉱脈を砕くには、どうしても音が出る。


 音に敏感なエッジラビットが大量にやってくるし、それにつられてステルスキャットも現れる。一箇所に長居すれば、ミュータスリザードにも捕捉されてしまう。


 迷宮ダンジョン内を普通に探索したときに出会う数より遥かに多い。


 そんな大量の魔物モンスターから、採掘中ずっと守りきれる冒険者なんておれたちの他にはいない。仮にいても、探索者全員を護衛するにはまったく足りない。


 だったら、魔物モンスターが近寄ってこないようにすればいい。


 では、どうすれば魔物モンスターは近寄ってこないのか?


 その部分こそ、おれの専門分野だ。


 ミリアムにはしっかりと構想を伝えておいた。


「いいよ。ちょっと複雑そうだけど作ってみる。結構かかるけど、待てる?」


「大丈夫、急ぎじゃない」


「いいえダメです、一条様。ミリアム様は期日を決めないと、のんびりだらだらしてしまうタイプの方なのです。ミリアム様、明日までにお願いいたします」


「うえー、明日は厳しいってー。せめて明後日まで待ってよ~」


「はい。では、明後日でお願いいたします」


「へーい……しょーがないな~。報酬は弾んでよ~?」


「素材で払ってもいいかな?」


「物によるかなぁ。エッジラビットの爪とかなら間に合ってるよ?」


「グリフィンのくちばしに、爪、羽根のセットでどうだろ」


 持ってきた素材を見せると、ミリアムは上機嫌に頬をだらしなく緩ませた。


「いいねぇ~。そういうの大歓迎。ちょっともらい過ぎになるから、品物ができたら、お釣りも一緒に渡すね~」


「よろしく頼むよ、ミリアムさん」


 依頼が済んで、おれたちは店を出た。


「さてと、明後日までどうしようか? 適当に迷宮ダンジョンに潜って稼ごうか?」


「……いえ、お休みにしませんか?」


「おや、いいの?」


「はい。今日は、夜更かしすることになるかと思いますので」


「なるほど。さては動画を公開する気だね?」

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