第8話 てめえ、足元見てやがるな!?

 おれとフィリアが向かった先にいたのは、筋骨隆々の男性冒険者だった。両手でショットガンを構え、ウルフベアに発砲を繰り返している。


 熊のような怪力と、犬科の俊敏さを併せ持つ狼型の魔物モンスターだ。その体躯は成人男性より大きい。


 ショットガンの直撃を受けても、ウルフベアは体勢を崩す程度だ。さすがにダメージが無いわけではないようだが、これでは倒す前に弾が切れる。弾込めをしている間に、やられてしまうのがオチだ。


「よせ! そんな武器を使ってたら、ウサギが集まってくるぞ!」


「うるせえ! んなことわかってんだよ! オレはこのやり方で10匹仕留めてきたんだ! 引っ込んでやがれ!」


 そうは言うが、男の首元や胸元には痛々しい傷跡が残っている。何度もエッジラビットに斬られた経験があるのだろう。覚悟の上の作戦らしいが……。


「そんなこと言ってるから、10匹しか仕留められないんだ!」


 ついにショットガンの弾が切れる。男は後退しながら弾込めを始めるが、すでに周囲にはエッジラビットが集まってきている。


 それにウルフベアも体勢を整え、男に向かっていく。


 おれとフィリアは手分けして、周囲のエッジラビットに剣を向けた。数匹を倒すと、他は逃げ出していく。


 男は弾込めを中断し、肉薄するウルフベアに発砲する。しかし間一髪で間に合わず、前足の一撃で狙いを逸らされていた。


「うぉお!?」


 そのままウルフベアに押し倒される。鋭い牙が男を襲う。


「てやあ!」


 フィリアがすぐ剣を振るうが、切断できない。ウルフベアの骨で作った剣では、ウルフベアの骨を断つには強度不足だ。


 前足を振るわれ、フィリアは弾き飛ばされる。


 おれは剣を手放し、ナイフを2本、両手に持って跳んだ。


 男にのしかかっているウルフベアにまたがり、その耳の穴にナイフを突き刺す。


 ――がぁあああう!


 ウルフベアが暴れ、振りほどこうとする。おれはナイフを強く握って離さない。


 すぐ一方のナイフが折れる。その瞬間、もう片方のナイフを支点に体勢を変え、折れたナイフを押し込むように蹴りを入れて離れる。


 刃が脳の深くまで達したウルフベアは、断末魔の叫びを残し、やがて息絶えた。


 ウルフベアの下敷きになってしまった男を、引きずり出してやる。


「ちっ、クソぉ! 至近距離でぶち込んでやるチャンスだったのによぉ、余計な真似しやがって!」


「相手が死ぬより、あんたの喉笛が噛み切られるのが早かったと思うけど」


「やってみなきゃわかんねえだろうがよ、くそが! 獲物を横取りしやがって!」


「それは失礼な物言いではありませんか? 一条様は、貴方を助けようとしたのですよ」


 フィリアが抗議してくれるが、男は意に介さない。


「それが余計な真似だっつってんだよ! 弾代が無駄になっちまったじゃねえか」


「命のお値段と比べれば、ずいぶんとお安いと思います」


「いいよ。フィリア、おれも礼が欲しくて助けたわけじゃない」


「ですが……」


 おれが肩をすくめて首を軽く振ると、フィリアもため息をついて飲み込んでくれた。


「一条様がそう仰るなら……」


「弾代が惜しいっていうんなら、そいつはあんたの獲物にしていい」


 おれがウルフベアの死体を指して言うと、男は怒りのまま睨みつけてきた。


「あぁ? お情けのつもりかよ?」


「そう、お情けだよ。何年冒険者をやってるか知らないが、そんな腕じゃどうせ近いうちに死ぬか引退だ。ウルフベアの1匹や2匹、譲ったって痛くも痒くもない」


「ずいぶん舐めた口利くじゃねえか。オレは2年もやって、稼ぎだってトップ3に入ってんだぞ!」


「そりゃすごいね。さっき会った初心者と五十歩百歩だと思うけど」


 おれは男に背を向け、エッジラビットの討伐証明と素材を剥ぎ取りにかかる。


 それらを、バックパックに詰め込んでさっさと立ち去ろうとする。


「……おい、ちょっと待てよ」


「まだなにか用があるのかい?」


「ショットガンを何発もぶち込んでも平気なやつを、なんであんなあっさりれたんだ? そのウサギもそうだ。最低でも3発は当てなきゃ死なねえはずなのによ……」


「それは企業秘密。教えて欲しいなら情報料をいただこうかな?」


「……いくらだ?」


「30万円でどうだろ」


「高っ! てめえ、足元見てやがるな!?」


「いいえ、ずいぶん良心的なお値段です。貴方のように横柄な方には倍の60万円でもお安いくらいですよ」


 フィリアが付け加えてくれる。男はぐぬぬ、とばかりに唸った。


「じ、15万にまからねえか?」


「半額はないなぁ。残念。今後も痛々しい傷跡を増やしながら、生きるか死ぬかの賭けを続けるといい。もう余計なお世話はしないからさ」


「くっ、わかった。20万ならどうだ!?」


「25万円」


「わかった! 払う、払えばいいんだろう!」


「まいどあり。じゃあお客さんがもうひとりいるから、合流して一旦外へ出よう」

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