その言葉に意味を足したい

芝草

1,呪いじゃないよ?


 それは俺が聞いたことのない言葉だった。当然、その意味も分からない。

 だから俺は、彼女が怪しげな呪文を唱えていると思ったのだ。


「……それは何の言葉だ? 俺に呪いでもかけるつもりか?」


 きしむ上半身を起こしながら、厳しい口調で彼女に問いかける。反射的に伸ばした俺の手は既に、長剣の柄を握っていた。


 俺の問いに、レイコと名乗った彼女は分かりやすく狼狽した。

 手際良く俺の右足に巻いていた包帯の束が、ボトリと取り落下。

 黒いローブの両袖をブンブン振って「まって、まって、誤解だよ!」と上ずった声で否定。

 ついでに、目深にかぶったフードが外れそうな勢いで頭を振っている。


 こうも露骨に否定されると、余計に怪しく思えてくる。

 もっとも、彼女の怪しくない所を探す方が難しいのだが。


 自称、旅の薬売りのレイコ。

 まず名前が変。この国では珍しい響きの名前だ。喋りもたどたどしい。まるで言葉を覚えたばかりの子供みたいだ。

 年齢も不明。声から察するに、若い女性だと思うが自信は無い。目深にかぶったフードのせいで顔の半分は見えないから。


 重々しい見た目の木箱も怪しい。小柄なレイコがそれを背負うと、不格好な子亀のように見える。

 中身の薬も、その箱に負けないくらいの怪しさだ。森の小川のそばで倒れていた俺を介抱してくれたレイコが例の箱から取り出したのは、毒々しい深緑色の軟膏だった。一体何をどうしたらこんな色の物質が出来上がるのだろう。恐ろしいので詳しく知りたいとは思わないが。


 ついさっきも、彼女はその怪しげな軟膏を、俺の太ももの傷にたっぷりと塗ってくれたばかりだ。本当は丁重に遠慮したかったが、意識が朦朧としていたので上手く断れなかったのだ。

 しかし、レイコの薬の効果なのだろうか。俺の意識は、彼女と会話できるくらいには回復してきている。といっても、足の傷は熱を持ちズキズキと痛んでいるままだ。しばらくの間は、歩くのにも苦労するだろう。


 こんな怪しい薬を持っているくせに、レイコは丸腰だった。魔物が潜むこの森を歩いているのに、護身用の短剣ひとつ見えないのは無用心だろうに。


 俺が無言で疑惑の目を向けていると、レイコはボソボソ弁解しはじめた。


「これはね、怖い呪いじゃないよ? 私の故郷のまじないなんだ。気休めみたいなものだけど、痛みを和らげるために唱えたんだ。あの軟膏は良く効くけど、かなりしみるからさ……。それに、剣士さんの足の傷は、かなり深いし毒もあるから相当痛むだろうし……」


 まるで悪事の言い訳をするかのように、レイコの声はしぼんでいく。取り繕うように俺の足に包帯を巻き始めた彼女の手は、ひどく荒れていた。

「嫌ならもうしないよ。ただ、手当だけは最後までさせてね……」


「……失礼した」

 長剣の柄から手を放したオレは、彼女に小さく頭を下げた。

「俺は今、この森に潜む魔物の討伐依頼にあたっている。気を緩めるわけにはいかなかった。とはいえ、見ず知らずの俺を介抱してくれたあなたに対して、あまりに無礼な物言いだった。お詫びとお礼を言わせてくれ」


「えっ」

 レイコは上ずった声を上げた。

「お礼だなんて、それほどでも」


「――ただ、俺は剣士だが、少しだけ魔法の心得もある。先ほどのあなたの故郷の呪文とやらだが、俺は聞いたことがない。あの呪文は、本当に意味のある言葉なのか? オレの傷はまだ痛んでいるのだが」


 淡々と言った俺の言葉は、フードの下から漏れていた「えへへ」とかいう彼女の声をぷつりと切る。


「……そっか、剣士さんには無意味な言葉になったんだ」

 レイコがポツリとつぶやいた。


「第一、傷を癒す回復魔法は希少な魔法だ。誰にでも使える魔法じゃない。それこそ異世界から召喚される伝説の聖女様でもないと無理だ。そうだろう?」

 俺は厳しい口調で問い詰める。

「レイコ。あなたは何者だ? 本当に薬売りか?」

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