男と女の友情を証明するため、俺と彼女はベッドに入る

生出合里主人

男と女の友情を証明するため、俺と彼女はベッドに入る


「男と女に、友情は成立すると思う?」


 俺、小糸こいと優治ゆうじは高校からの帰り道、同じクラスの女子、永仲ながなか友希ゆきに質問された。


「それって、異性を好きになる男女の場合、ってことだよな」

「うん。同性が好きとか、そもそも恋愛をしないとか、そういうのはなしで」


 友希はクラスで一番かわいいと言われているけど、彼氏がいたことはない。

 話すとやたら理屈っぽいから、見た目のわりにモテないんだ。


「それぞれ他に好きな異性がいれば、友達でいられるんじゃないの。恋の相談なんかしたりしてさ」

「それじゃダメよ。それぞれの恋が終わっちゃえば、それまでじゃない」


 始まったよ。

 こいつと議論になると、長いんだよな。


「男と女で釣り合いが取れないなら、友達でいるしかないんじゃねえかな。たとえば相手がすげえブサイクで、友達ならいいけど恋人はありえない、みたいな」

「それだと片方が好きにならなくても、もう片方が好きになる可能性はあるでしょ。どちらか一方でも恋愛感情を持ったら、もう友達とは呼べないわ」


 なんか今日の友希は、特に挑戦的だな。

 まあこいつとの言い合いが長くなるのは、俺がまともに相手しちまうからなんだけど。


「男女の関係になってもおかしくないのに、ずっと友達でい続けるってことか」

「そういうこと。どう? ありえる?」

「なに、友希は男と女は友達になれないって考えてるわけ?」

「そうは言ってないよ。友情が他の感情に勝てるのかどうか、考えてるの」


 あまり突っ込んだ話はしないほうがいい。

 そう思いながらも、突っ込んだ話をしたがっている俺がいる。


「女にはできるかもしれないけど、男にはムリかもな。男は性欲に負けちまうかもしれないからさ」

「女にだって性欲はあるよ」

「そうなの?」

「二人とも性欲があるのを前提で、友達のままいられるかどうかよ」


 俺は言葉に詰まった。

 俺が時々友希の胸とか脚とかチラ見してること、気づいてるんだろうか。


「ねえ。優治はアタシのこと、どう思ってるの?」

「えっ……まあ、友達? なんじゃねえの?」

「アタシも、優治のことは友達だと思ってる」

「なんで今さらそんなこと聞くんだよ」


 友希のことを深く考えたことは、今まで一度もなかった。

 見た目はかわいいと思うけど、付き合いたいとまでは思わない。

 まあ俺も男だから、このナイスバディに興味がないと言ったらウソになるけど。


「知ってる? アタシたち付き合ってるって噂になってるらしいよ」

「俺と、友希が? ウソだろ」

「時々二人で話してるからでしょ」

「その程度で付き合ってるとか言われたらたまんねえよ」


 いや、正直悪い気はしない。

 なにしろクラス一の美人なんだから。


「つまりね、人から見るとアタシと優治は、付き合ってもおかしくないってこと」

「俺と友希がずっと友達でいられれば、男女の友情が成立する証明になるってわけか」

「アタシは自信あるよ。優治とは一生、って言ったら大げさだけど、ずっと友達でいられると思う」

「ずっと友達、か」


 友希はちょっとめんどくさいけど、間違いなくいいヤツだ。

 確かに友達としては申し分ない。


 ただ、胸が大きいのが問題だ。

 脚の太さもちょうどよすぎる。

 肌がきれいなのも反則だし。

 いかにも抱き心地が良さそうなのは、もはや犯罪だろ。

 そういう意味では、友達には向いていない女だ。


「さっき、女にも性欲はあるって言ったよな」

「言ったよ。事実だから」

「例えば……あくまで例えば、だけど……」

「うんうん」

「俺と裸でベッドにいて、なにもしないでいられる自信あるか?」


 俺は言った後ですぐに後悔した。

 友希の顔が銅像のように固まってしまったからだ。


「友達と裸でベッドに入る?」

「だから例えば、って言ったじゃん。この先同じ部屋で雑魚寝したり、酒飲んで酔っ払ったり、そういう間違いの起こりやすい状況があるかもしれないじゃん」

「そう、だよね……。アタシは、自信あるよ。優治は?」


 そりゃあ、聞いた俺がバカだったよ。

 そんなこと聞いたら、聞き返されるに決まってるよね。


「んん……まあ、ある、かな?」

「じゃあ、証明しよ」

「え?」

「優治の家、今日も親帰ってこないんでしょ」

「まあ、そうだけど……」

「じゃあこれから優治の家に行こ」

「マジかっ」



 俺はひどく混乱していた。

 言われるまま友希を家に入れちまったけど、これでよかったんだろうか。

 女にも性欲があるといっても、男の性欲のほうが強いに決まってるじゃねえか。

 かといって友達を襲うわけにもいかないし。


「わりと片づいてるのね」

「そ、そう?」


 俺の部屋に、友希と二人きり。

 女の子を部屋に入れたのは初めてだ。


「じゃあ裸になってベッドに入るから、優治はいったん外に出て」

「本当にやるの? そんなこと」

「自信、ないの?」

「そりゃあ、ある、けど……」


 廊下に出ると、部屋の中から服を脱ぐ音が聞こえてきた。

 俺の体の一部は、すでに元気になっている。


「準備、できたよ」


 呼ばれて俺は部屋に入った。

 タオルケットから友希の顔だけが出ている。

 タオルケットが描くなだらかな曲線は、中身が女の子だってことを露骨に表現していた。

 赤く染まった顔が、超絶かわいい。

 友希って、こんな顔するんだな。


「あぁ、俺も脱ぐんだよな」

「あたし、あっち向いてるから」


 友希の黒髪を眺めながら、俺は服を脱いでいった。

 この下半身を見たら、友希は俺を裏切り者とののしるだろうか。


「じゃあ、入っていいのか?」

「中は、見ないでね」

「見ねえよっ」


 俺はベッドとは逆の方向を向きながら、ゆっくりとベッドに入っていった。

 シーツが生温かい。

 女の子のいいにおいがする。

 これは一種の拷問だ。


「触ったらダメよ。あくまで友達なんだから」

「わかってるけど、シングルベッドに二人で入って、触るなって言われてもなあ」

「偶然触れちゃうのはしょうがないけど……キャッ」


 俺のつま先が、友希のつま先に触れてしまった。

 友希の肌はスベスベで、とろけそうなほど柔らかかった。

 このままなにもしないって、生殺しじゃねえかよ。


「ごめんごめん、わざとじゃない」

「うん、わかってる」


 俺と友希はベッドの中で、すっ裸で、互いに背中を向けて寝そべっていた。

 友希がちょっとモゾモゾと動くだけで、緊張が走る。

 たぶん友希も同じだろう。


「もう証明、できたんじゃねえの?」

「ねえ、もしかして、興奮してる?」


 なんてこと聞くんだこいつは!

 そんなこと聞かなくたってわかるだろ!


「それは聞くなよ。俺だって一応男なんだから」

「女だって性欲あるって言ったじゃない」

「こ、興奮してるのか?」

「それ以上聞いちゃダメ」

「友希が先に聞いたんじゃねえかよ」


 おいおいなんなんだこの時間は。

 俺の体にも限界ってものがあるぞ。

 俺の大事なところは、爆発寸前だ。


「なんか話してよ。沈黙辛いんですけど」

「頭がボーっとして、なにも考えられねえよ」

「アタシも」

「俺たち、ヤバくねえか?」

「かもね」

「こんなこと、しなきゃよかった」

「今さら言わないでよ」

「友希がやろうって言ったんじゃねえかよ」

「なんかノリで言っちゃったんだもん」

「なんかある意味地獄じゃねえかこれ」

「辛いの?」

「いや、辛いってわけじゃないけど」


 俺は不思議な感覚にとらわれていた。

 確かに俺の性欲は暴走しかかっている。

 だけどまだなにもしていない。

 そしてこのあとも、なにもしない気がするんだ。


「今なにを考えてる?」

「ヤリたくてしょうがねえ」

「えっ」

「だけど、なにもしない自信がある」

「なんか矛盾してない?」

「たぶん、友希を失うのが怖いんだろうな」


 友希が体を回転して、俺の方を向いたらしい。

 友希の吐息が、俺の背中にかかっている。


「あたしも」

「今このまま友希を抱けば、すげえ気持ちいいんだろうなって思う」

「あ、うん……あたしも」

「でもそんなことしたら、友希とは友達でいられなくなる」

「そう、だろうね」

「気持ちよくなりたいっていう願望より、友希と友達でいたいっていう思いのほうが、強いんだろうな」

「あたしも同じだよ。なんか、嬉しい……」


 友希は泣いているみたいだった。

 俺は思った。がまんしてよかったと。


「やっぱ友達だな、俺たち」

「うん、アタシたちずっといい友達でいられるよ、きっと」



 友希は幸せそうな顔で帰っていった。


 温もりといいにおいが残るベッドで、俺が一人で楽しんだことは言うまでもない。






 翌年、友希は俺の子供を妊娠する。

 そして高校生にして、できちゃった結婚。


 当然、親からも学校からも大目玉。

 赤ん坊を抱えながらの受験は、大変だった。

 子育てと大学の両立も、想像以上の忙しさ。

 就職活動の苦労なんて、言葉にならない。

 就職してからはもう、悲惨としか言いようがない。


 それもみんな、自業自得だ。


 俺たち、子供六人も作っちゃったし。

 これからまだ増えるかもしれないけど。



 俺の結論としては、男女の友情はありえると思う。

 ただし、やっぱケジメは必要かな。


 人間なんて、しょせんは動物なんだから。

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