日記
『2023.3.15.水 晴れ
今日から日記を書いてみる。というのも入院が始まるから。毎日浩輔と一緒にいることが当たり前になってたけど、離れ離れになると寂しいな。浩輔も同じように思ってるかな。寂しさ理由に浮気してたりして。そしたらすぐ離婚。って離婚して困るのは私か。すぐに治して浮気を阻止せねば! 浮気したら絶対に許さんぞ! 寺本浩輔!』
頭のなかに美紀の声で文章が読まれる。涙や鼻水でノートを汚さないように少し椅子を下げた。看護師さんの言う通り、ほぼ毎日日記が綴られていた。
『2023.4.29.土 曇り
世間はもうGWだな。私はもうずっと会社を休んでいる、というか退職濃厚。五月までに治らなかったら休職期間が終わって強制退職になる。いや無理だよ。吐いちゃうのとか髪の毛抜けるのとかきつすぎ。顔もぱんぱんになっていって、鏡を見たくない。辛い。でも浩輔とまた一緒に過ごすのが夢だから頑張る』
筆圧が弱くなっている気がする。美紀。僕も美紀ともっと一緒にいたかったよ。
『2023.12.20.水 晴れ
もうちょっとでクリスマス! でも私はこの病室にいるだけだろうなあ。浩輔に無事に届くかな、クリスマスプレゼント。あ、これもしかして浩輔読んでる? 読んでたら私、もういないってことだよね。ごめんね。いや悲しい雰囲気にしない。頑張る!』
日記はそこで終わっていた。美紀はこの日の深夜に容態が急変し、そのまま意識が戻ることがなかった。スマートフォンの画面を明るくし、ホーム画面で笑う美紀と僕のツーショットを見た。まばたきなどしていないのに、次から次へと頬を伝って落ちていく。もうクリスマスはとうに過ぎている。そういえば玄関ポストを確認していなかった。
ポストを開けると、玄関にチラシと厚みを帯びた薄茶色の封筒が雪崩のように落ちた。チラシはそのままにして封筒だけ携えてテーブルに戻った。のりではらてたところをゆっくり指で剥がし、中のものを取り出すと、赤色のリングノートだった。美紀のノートと同じ種類のようだった。
ノートの真ん中にはまたちいさな封筒が挟まっていた。
『浩輔 メリークリスマス! 実は私、日記書いてるんだ。浩輔も日記付けて。思考が整理されるよ。浩輔は考え込みがちだから日記付けた方がいいと思う! 大好きだよ。 美紀』
手紙に落ちた涙は、美紀の字を大きく見せたあと、ゆっくり染み込んでいった。
『2023.12.28.木 晴れ
美紀からの誕生日プレゼントにおしゃれなノートが届いた。これで日記をつけてという美紀からのメッセージ。マメな美紀みたいに毎日つけられるかわからないけれど、できる限り頑張る。美紀、寂しいよ。会いたいよ』
書いている間にも美紀との思い出が甦り、涙や鼻水が溢れてしまう。日記を閉じて、美紀のノートと重ねてテーブルの隅に置いた。エアコンは忙しなくため息をついているが、足元が一向に温まることはない。強く鼻水をすすったあと、テーブルに伏せた。このまま美紀のところに行けたらいいのに。それか次に起きたら美紀が隣に座ってくれていたらいいのに。無理な願いが頭の中で反芻され続け、瞼を閉じることさえ疲れてしまった。
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