45:余計なことを考えてしまうから。




 ◇◇◇◇◇




 魔王が目の前から消えた。

 おじいちゃんいわく、私がヒヨルドのことを好きだと勘違いしたかららしい。


 ――――何で?


「だからって、お金払わずに消える意味がわかんない。食い逃げじゃん」

「そっ……そうじゃが! じゃがっ!」


 おじいちゃんがカウンターで頭を抱えて俯いてしまった。今日はかき氷を食べてないのに。何で頭痛?


「通信まほ――――あぁ、使えんかったか。連絡手段は?」

「連絡? したことない。いつも勝手に来るだけだし」

「……」


 おじいちゃんが絶望的な何かを見た顔だけど、私のせい?

 私が絶望的な気分なんだけど?

 今日の営業、中止したいくらいなんか、悲しい気分なんだけど?

 信頼してたのに、食い逃げ。


「食い逃げ……酷い」

「待て待て! そこはどうでも良かろうが!」

「良くないし。常識的に、良くないし」

「そうじゃがっ! あーっもぉ! ワシはしらんっ! ワシにはいいが、アヤツにはちゃんと本音を話すんじゃよ?」


 おじいちゃんは呆れつつ帰っていった。

 あと、お金はちゃんと払ってくれた。


 夕方前の暇な時間。

 今日はお客さんが少なくて良かった。

 いまは誰もいないし、少しだけ……少しだけ休憩しよう。


 カウンターに座って、お皿を洗うショコラをぼぉっと見つめる。お耳がピルピル動いて可愛い。

 チラチラとこっちを見てくるので、笑顔を返したのに、何でか悲しそうな顔をされた。


「るゔぃちゃん、だいじょうぶ?」

「っ……うん、大丈夫!」

「まおうさまに、ひどいことされた?」

「ううん。されてないよ」


 ただ、勝手に悲しい気持ちになっているだけ。

 何も言わずに立ち去る――――のはいつもだけど、あんな顔して消えなくてもいいじゃない。

 



 元気なふりして、どうにか夕方の営業も終わらせて、居住スペースに戻った。

 今日は本当に疲れた。

 バスタブにしっかりと浸かって、目を閉じる。ゆっくりしたいのにぐるぐると余計なことを考えてしまう。


「はぁ……」


 お風呂から上がり、髪の毛を乾かしながらリビングに向かった。

 久しぶりに、少しだけでいいから、お酒が飲みたい。

 そんなに強くないけれど。そんなに好きでもないけれど。

 お酒の力でモヤモヤした気持ちを掻き消して欲しかった。


 三人掛けのソファに座り、ローテーブルに手を伸ばす。

 凍らせたカットフルーツ入りのグラスと甘くて軽めの赤ワイン。お風呂に入る前に用意していたから、ちょうどいい具合にフルーツが半溶け。

 グラスにワインを注ぐと、カラフルなフルーツたちが可愛くプカプカと浮いてくる。


「んっ、おいし」


 甘くて冷たくて美味しい。

 だけど、このフルーツを凍らせたのは魔王だったなぁ、と思いだしてしまったら、途端に酸味と苦味を感じてしまう。


「――――ここにいたか」


 当たり前のように現れるよね、この人。

 ふいっと顔を逸す。

 無視してグラスを傾けていると魔王が隣に座ってきたので、体も逸して魔王に背中を向けた。


「……怒っているのか?」


 後ろから、少しだけ寂しそうに聞かれた。


「べつに怒ってない」

「ミネルヴァ」


 初めてちゃんとした名前を呼ばれた気がする。

 返事なんて、しないけど。


「…………好きだ」


 後ろから、柔らかく抱きしめられていた。



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