28:魔王。

 



 貯蔵庫の拡張と新メニューの話をしていたら、偽ヒヨルドが今すぐ拡張するとか言い出した。

 食べ終えたお皿をなぜかシンクに片付けて、さっさかと店舗の方に向かって行く。

 なぜにそこは家庭的なの!?


「え、まって待って!」


 慌てて追いかけると、偽ヒヨルドが申請書を見つつ貯蔵庫の中で何やら考え込んでいた。


「どしたの?」

「いや、いまは人一人がギリギリ通るくらいだろう?」


 両壁面の棚がストックでぎゅうぎゅうだからね。


「それを二倍にしたところで、またすぐに狭くなるんじゃないか?」

「…………金額的な問題でして」


 拡張費、小さめの家を買うくらいに高かった。流石にここにそんなにお金はかけられない。宝石はまだちょこっとあるけれど。何かの為に取っておきたいのよね。


「なんだそんなことか」


 そんなことかとはなんだ、こんちくしょう! と偽ヒヨルドの足を踵でグリグリ踏もうとしていたら、アイアンクローされてしまった。


「最後まで話を聞け」

「ふぁい」

「費用は無理のない金額で分割にしていい。条件は新メニューを作ること」


 そんな好条件ありなの? 魔王が良いって言うからあり!?


「で、広さだが――――」


 四倍拡張くらいが、店舗の忙しさと私の運動量の兼ね合いが取れるところだろう、とのことだった。

 真四角で申請していたけれど、多少横長にして、入り口から左右に三つの棚を置くような形にしてはどうかと、書類の裏にサラサラと設計図を描いてくれた。


「入り口を南とし、北と南の壁面に棚を、その中央にも棚を。高さはどうする?」

「んー、高さは今のままでいいかなぁ。踏み台とか使うと間違いなく転けるし」

「フッ……ん、そうだな」


 偽ヒヨルドがイケメンヴォイスでくすくすと笑いだしてしまった。

 何やら納得しているようだけど、私のどこにそんなドジっ子要素があったかな? かなり真面目に定食屋のお姉さんしてるんだけど?


「フッ…………んっ。そういうところだな」


 よくわからんなぁ。と首をひねっていたら、目の前にいたはずの偽ヒヨルドが、いつの間にか魔王になっていた。

 

「へ!?」


 豪奢な飾りの付いた黒いマントに、よくわからないけどカッコイイ感じの黒い軍服みたいなのを着た、『ザ・魔王』みたいな、魔王。

 何言ってんだ私。


 あまりにもドン近でイケメンを見ると、人間の脳は思考停止するんだと、今日初めて知った。

 コミックの絵でも格好良かったけれど、実物になっても、やっぱり格好良かった。


「ほら、来い」

「え、あ、はいっ」


 魔王に手をそっと取られて引っ張られた。


 ――――て、手! 繋いでる!?



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