第7話 切磋琢磨

「君たちは将来の王国を担う者として、この学院で日々切磋琢磨し、頑張って成長していって欲しい。

そして知識と武を身に付けるだけでなく、学院で生涯の友を見つけて豊かな人生を歩く為の一歩をここで踏み出してくれ」

在学生代表として第二王子が何やらご立派なスピーチを正面のステージで披露している。


まあ、王家にとっては貴族が頑張って自分を磨く事で国の防衛力や経済力を上げて欲しいんだから、嘘ではないだろうけど。


第二王子が終わったところでそれなりに真摯な拍手が起こり、新入生代表としてケスバート公爵家の次男ザルバルタがステージに上がって行った。


ちらりと途中で前列に座っている私の方を馬鹿にした様な嫌な目で見ていたが・・・もしかして、入学時の成績最優秀者はアイツではなく私だったのかも?

いや、公爵家の子息が同学年に居ると知っていたからそれとなく手を抜いたんだぞ?

あれですら首位になるのに忖度が必要だとしたら公爵家の教育はちょっとどころで無く手抜きじゃないか??


しかも。

私の事を下に見ているが、第三王子ジャイルスが『死んだ』今となっては、王子二人に何かあったら私達兄弟の誰かが王位を継ぐことになるのだ。

『政争に負けた側室腹と貧乏子爵家の間で生まれた息子なんぞ自分の様な公爵家の人間より下』と思っているのだろうが、王位継承権は法律上では現時点においてキャルバーグ子爵家子息前国王の孫の方がケスバート公爵家子息4代前王弟の子孫より高いのだ。


少なくとも第一王子が子供を産ませるまでは、あまり露骨にこちらを見下す素振りを見せるのは賢くないだろうに。

現国王の子の世代に無事王位が継承されていけば、キャルバーグ子爵家側の王位継承権は次世代に引き継がれないので我々は単に魔力の多い下位貴族になる。


本来ならば公爵家にとって子爵家なんて踏み潰しても気付かないほど下の存在なので、王位が次世代に継がれた時点になれば今の公爵家次男の態度もあながち間違いでは無いのだが・・・考え様によってはあの公爵家次男は第一と第二王子にもしもの事があった場合の未来の王弟へ敵意と蔑視を剥き出しにした事になる。

そう考えるとあの行動はかなり考えたらずで、危険と言えよう。

危険な権力を持つ可能性がある相手との間に意味もなく敵意を育む必要はないのだ。


まだ現王からの王位継承は完全に決まってはいない。

同腹とは言え、第一王子と第二王子が争ってうっかりお互いを潰し合って共倒れになる可能性だってゼロではないのだ。

第三位王位継承権がキャルバーグ子爵家の人間にある事をあの坊ちゃんは知らないのだろうか?


そう考えると、マジで父上が貧乏子爵家に婿入りしたのはちょっと王国の貴族バランス的には不味かったんじゃないかな。


◆◆◆◆


王都に本邸なり別邸なりを持つ家の生徒はそちらから通う者が多いが、父の婿入りまでは借金に潰れかけていたキャルバーグ子爵家には当然そんなモノ別邸はないので兄達と同じく私も寮に入った。

侍従枠で入学したジャイルスも私の部屋の横にある小さな部屋を使う事になる。


ちょっと狭くて申し訳ないが、まあ本人の最初のプラン通りに探索者(見習い)になっていたら風呂どころか手洗いすらしない奴らと一緒に大部屋での雑魚寝がほぼ不可避だったので、それに比べればマシだろう。


と言うか。

それなりに整った顔の美少年が一人で荒くれ者の集まる大部屋で雑魚寝なんてしたら、集団レイプまっしぐらではないのかね?

流石に人目があるから宿の部屋での凶行は無いだろうが、絶対に目をつけられて翌日にでも裏路地や森の中へ引き摺り込まれて手篭めにされていただろう。


まあ、本人が危機意識を持って誰も近付きたがらないぐらい不潔にしていたら大丈夫だったかも知れないが・・・不潔な状態では街中の手伝い系な仕事が回って来にくいだろうから、安全と依頼との間で中々スリリングな綱渡りをする羽目になったかも知れない。


「で?

どの科目を履修するの?」

ジャイルス(と言うか、今後はジェイと呼ぶ事になった)は1年かけて優雅すぎる挙動と言葉遣いを大分と緩め、今は人前では侍従っぽい堅苦しい言葉遣いで誤魔化し、私と二人きりの時は卒業後に探索者になった時の練習を兼ねてカジュアル路線で話す事にしている。


「1年目の基本科目は全部王家から派遣された家庭教師に教わっているからね。

下手に授業に出席して公爵子息を負かしたら面倒な事になりそうだし、かと言って手を抜きすぎると色々と言われかねないからスキップ試験を受けるよ。

取り敢えず『戦闘一般』は受けるから、それで人脈を広げられると・・・願いたいね」

『戦闘一般』の方が呑気であまり貴族っぽく無い脳筋系が多そうだし。


少なくとも公爵子息は出席するとしても汗と土埃で汚れる様な激しい運動はせずに、取り巻きと脇で話をしている程度に済ませるだろう。


個人的な戦闘程度だったら忖度せずに打ち負かしても問題ないだろうし。

なんと言っても王位継承権持ちなのだ。

公爵家が目の敵にして変に圧力を掛けようとしても、父上だったらなんとか出来るだろう。


・・・一応兄上達に事前に相談しておく方が無難かな?

アキウス兄上は第二王子と同学年だが、どうしているんだろう?

まあ、確かカルぺウス兄上の話だとアキウス兄上は文系で第二王子は武系らしいので、成績を競う科目があるとしたら魔術だけだろうが。


・・・第二王子よりも、カルぺウス兄上の方にもっと小物な高位貴族子息との関係をどういなしているのか、聞くべきかな?


ある意味、第二王子だったら国王から折角貴族間にばら撒く予定の王族の血に変に泥を塗りつけるなと言われているかもだし。

明らかにあの公爵家の次男の方は、そこら辺の事を言われて無い。


「ふうん、俺は勉強はそこまでしっかり叩き込まれて無かったし、怪しい庶子疑惑ありな侍従だったらそれ程目立たないだろうから普通に授業を受けてるよ。

この眼鏡があれば目の色も目立たないしね」

鏡を覗き込んで満足げに顔を左右に動かして自分の顔を確認しながらジェイが言った。


肌色に紛れるごく薄い黄色を混ぜ込んだメガネのレンズのお陰で、眼鏡をしていればジェイの眼は普通の青に見える。

紫みのある王家の群青色って特徴的だが、薄っすら黄色を混ぜると普通の青に見えるんだよね。

黄色が濃すぎると緑色に見えるが、眼鏡のレンズを通しても肌の色が変わって見えない程度に薄い黄色だと紫みのある群青色がもう少し明るい青色に見えるのだ。


「運動する様な科目の時は一応念の為にスライムレンズを目に嵌めておけよ?」

魔術でも姿変えの術で目の色を変えられるが、そう言う術の存在は意識して見られていたら隠しにくいし、王宮内など特定の場所では視覚に干渉する様な術は無効化される。

術で見た目を誤魔化さない方法が必要だと思っていたので、スライムの表皮を使って前世にあったカラコンっぽいのを開発したのだ。


酸素透過性は微妙だし、体に完全に無害かも微妙に不明なので、どうしてもと言う時しか使わないつもりだが。


「ああ。

幸い、外での剣術の鍛錬で大分と日焼けしたし、そのお陰でソバカスも出来て見た目が変わったから、これなら兄上に会ってもバレないだろう。目さえ誤魔化せればこれから5年間、それなりに好きな様に上手くやっていけそうだ」

嬉しそうにジェイが言う。


第三王子時代は離宮で誰の注意も引かぬ様に息を凝らして暮らしていたらしいので、自由に出歩いて買い物や魔物狩りもできる今の生活は以前よりも段違いに居心地が良いだろう。


「授業で色々と知り合いを増やして、何か面白そうな話を聞いたら是非教えてくれ」

私は街を徘徊して将来的な商売の芽とか探索者としての当たりな依頼とかに目を光らせるから。


まあ、その前に授業の履修に関して一応兄上達と確認しておこう。







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