転生に失敗した聖者は愚者の道を行進する

花野井あす

Ⅰ章 裏切りの聖騎士

001譚 Prologue


「すべてを、やり直したくはないか」


 薄暗く、肌寒い夜の塔。鉄格子の向こうで、黒い外套ローブの男がそう言った。

 

 彼は白夜はくや常闇とこやみの神官だと言っていた。


 すっぽりと顔まで隠した長身の男で、新しい国王の意見役として雇われた異国人。彼は鎖で繋がれて動けない少年を見下ろして、静かに、しんとした声で言葉を続ける。

 

「裏切り者よ。お前に機会をやろう」


 はん、と少年は笑った。

「馬鹿馬鹿しい」

 そんなこと、できるはずがない。そう呟くその声はどこか、弱弱しい。

 

 少年は疲れ切っていた。生きることに、絶望していた。

 

 その才能を見出され、周囲からは羨望の眼差しを向けられた。ねたそねみでありとあらゆる罵詈雑言を聞かされた。小さな嫌がらせなんか、日常茶飯事だった。

 それでも、気に留めないようにしていたし、その実そこまで辛くはなかった。彼には実の父親のような男がふたりもいたし、親しい友人もいた。彼らさえいれば、それでよかった。――よかったはずなのに。

 

 少年はくつくつと、乾いた嗤いをこぼす。そうしないと、気が狂ってしまいそうだからだ。


「あんた、暇なんだな。使い捨ての駒を揶揄からかいに来るなんて、よっぽどだ」

 

「これは善意の提案だ。乗るか、そるか。それはお前次第」

 

「善意?笑わせるな。そもそもこう仕向けたのはあんただ。あんたが、あいつに進言したんだ」

 この男は国王の右腕で、頭脳だ。に関わっていないはずがないのだ。

 

 だがなおも、その男はしらを切る。

「そんな些細なことは、重要ではない」

 否。切ってすらいない。開き直っている、という方が適切だ。神官の男は、笑いも泣きもしない。罵りも嘲りもしない。ただ同じことを、繰り返し問い続ける。

 

「もう一度問おう」男は淡々と、言葉を鳴らす。「まっさらな命となり、すべてを一からやり直したくはないか?」

 

 そんなことができたら、どんなによいことか。

 

 このつまらない茶番劇のような人生もきっと、ずっとずっとマシなものになっていただろう。どこにでもいるような家族と暮らして、友人を作って、生涯をともにする唯一の誰かと出会う。

 別に、高望みなんてしない。しなくたっていい。普通が一番だ。平凡な平穏な生き方が一番楽で、そしてきっと一番幸せだ。

 

 少年が口を噤んでいると、男はそっと金の杯を差し出した。それは、黒い宝石で縁取られた黄金の杯。内側には神々の文字がびっしりと記されている。

 

「これに、心の臓を捧げよ。があれば、誰のものでも構わない。無論、お前自身を差し出してもよい。生まれ変わらせたい人数分、心の臓を捧げよ」

 

 男の言う、「資格」の意味を、少年は理解していた。そして誰がその「資格」を有しているかも。

 もしかすれば本当に、この杯に命を捧げれば、すべてがやり直せるのかもしれない。生きていてよかった、と思えるような人生を歩めるのかもしれない。

 

 けれど。

 

 少年は同じ言葉を返す。

「馬鹿馬鹿しい」


 これですべてはお終い。そのはずだった。

 だったのに。


 気が付いたとき。彼は

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