暴走トラックにはねられて死んだー! って思ったらタイムリープしてた。もう一度子供に会いたいので、若かりし旦那に猛アタックして陥落させたいと思います。

書峰颯@『幼馴染』12月25日3巻発売!

短編①

「これで荷物は全部ね……ヒツジ、何かあったらすぐに連絡するんだよ?」

「心配症だな母さんは、大学生での一人暮らしなんてそう珍しくもないんだよ?」

「そうは言っても心配するのが親ってもんだ。それじゃあ母さん、そろそろ帰ろうか」


 両親が僕のことを思ってくれているのは、誰よりも理解している。

 僕が生まれた西暦をナンバーにした車に乗っているのだから、口にしなくても分かるさ。


 親元を離れ遠くの大学を受験したのも、言い換えれば親孝行に繋がると思ったからだ。

 これで両親は夫婦水入らずの生活を送る事が出来る。 

 無論、別の理由もあるのだけれど。

 

「さてと……それじゃ、部屋の片づけを開始しようかな」

 

 インテリアにはこだわりがあるんだ、そんな事を言い、僕は両親に開封作業をさせなかった。

 変な理由だったけど、年頃の息子のお願いという事もあってか、両親も深くは聞かず。

 

 結果、1DKの新居には多数の段ボールの山が、未だうずたかく積もれているのであった。

 だがしかし、これらは僕の宝の山だ、見ているだけで嘆息が出てしまいそうになる。 


 段ボールを開封すると、微笑を携えた彼女が僕を見つめてくれる。

 無論、本人じゃない、額に収められたA4サイズの写真だ。


真藤まとう睡蓮すいれんです、中学では美術部でした。宜しくお願いします』


 高校一年の時、同じ教室になって初めて聞いた彼女の言葉を、僕は未練がましく覚えている。 

 一目惚れだった、綺麗に整った前髪に、大きい瞳、少しだけ八重歯が見える笑顔。

 細いのに端正な佇まいが、彼女の性格の全てを物語っているように見えたんだ。


 話しかけようとはしたけど、彼女には友達が多い。

 高嶺の花、そんな言葉がピッタリな程に、僕には彼女という存在が遠かった。

 

「結局、話しかける事も出来ずに、高校も終わっちゃったんだよな」


 クラスが変わると距離はより一層遠くなる。

 それなのに写真部に入部していた僕の秘密のファイルは、段々と増えていく一方だった。

 笑顔の真藤さん、ストローを咥えた真藤さん、ジャージ姿の真藤さん。

 僕の部屋の中には今だって、彼女の写真が追っかけアイドルのように飾られているんだ。

 

 このままじゃ不味い。彼女への積もり積もった思いが暴走し、理性を超えた何かの力によって気づいたら彼女の家に向かいたくなる衝動に駆られてしまう。今なにをしているのか、どこで誰と過ごしているのか、どんな顔で笑っているのか。


 知りたいという欲求がいつしか犯罪に変わりそうな自分に気付いた僕は、自らを律し、遠くの大学に通うという選択肢を選ばずにはいられなくなってしまっていたのだ。

 

 全ては愛する真藤さんのため。

 僕という変質者は遠くに置いておいた方が彼女も幸せに違いない。


 写真は飾ろうと思う。高校時代の僕の原動力だったのだから、そこまで否定する必要はない。

 写真部だった事もあり、知らない人が見たら本当にアイドルの写真にしか見えないさ。

  

 壁一面に真藤さんの笑顔がある、なんて素晴らしい光景なんだろうか。一日中見てたって飽きない、心が洗われていき、無駄に涙が溢れてきてしまう。もう今は遠くなってしまった真藤さんだけど、この写真を見ればいつだって僕は高校生に戻り、あの日の教室に帰る事が出来るんだ。


 好きだ、真藤さん。

 本当に引っ越して良かった。

 もしこれで真藤さんが誰かと付き合ってたら多分その人殺しちゃうよ。


 あっはっはっはっはっ。

 

「それにしても、凄い量の段ボールになっちゃったな」


 半分くらいは真藤さんの写真が入っていたのだから、しょうがないんだけどね。

 真藤さんへの愛が形になった……なんて馬鹿なこと言ってないで、とっとと捨てに行こう。


 おや、引っ越し業者のトラックがありますな。時期が時期だし、僕と同じ春から大学生って感じだろうか? だとしたらスクールメイツとして一番相応しい存在になりえる。


 実家から遠く離れたが故に友人と呼べる存在は一人もいない、相手方にはいるやもしれないが、その可能性は低いだろう。もし友人がいるのであれば「じゃあ一緒に住もうぜ?」ってなるべきだ。見た限りではトラックは一台、一人分の荷物しか積めないのは明らかである。


 更に言えば、こんな「セキュリティ、何それ美味しいの?」というアパートに引っ越してくる以上、男の可能性が高い。ならば、先んじて声をかけ仲良くなろうぜアピールをすべきなのだろうけど、残念ながら僕の両手には愛のカタチならぬダンボールが抱えられている。


 挨拶なんざ引っ越し蕎麦を片手に行けばそれでいい。細く長い付き合いを是非とも四年間過ごし、その間に真藤さんの素晴らしさを神髄まで叩き込めれば僕は満足なのさ。


 だが、そんな僕の両手から愛のカタチが崩れ落ちる。


「……あ、おはようございます。お隣さん……ですか?」


 なぜここにいる。僕の青春時代の全てを捧げた真藤さんが何故ここにいるんだ。髪型が変わっているけど分かる。腰くらいまであったはずの髪がバッサリと切られショートカットになっているが分かってしまう。何故なら僕は三年間貴女を見続けていたから、何なら今も部屋に沢山同じ顔があるから。


「見た感じ学生さんですか? もしかして近遠きんとう大学の生徒さんだったりします?」

「……は、はひぉ」

「良かった! 私今日から一人暮らしなので、とても不安だったんですよー! お隣さんが怖い人だったらどうしよー! って思ってたんですけど、優しそうな人で安心しました。学科はどちらを選択されたんですか?」

「人間学の方を……」

「あ、子供発達学科ですか! 私も同じなんですよ! 良かったら今度コマ割りとか一緒に決めません? なんて、会った初日に急すぎですよね! まだ片付けが終わらないので、後で改めて挨拶に向かいますね、えっと……」

杉野下すぎのした……ヒツジです。未年に生まれたので、漢字だと未……」

「ヒツジ君! 私も未年だよー! って当たり前かぁ! これからも宜しくね、ヒツジ君!」


 手を振りながら隣の部屋に消えていく真藤さん。私服姿とか初めてみたんだけど、ピンクのパーカーに白のインナーとか組み合わせ最高過ぎて尊すぎて死ねる。


 というかちょっと待って欲しい、僕は彼女から逃げる為にこんな遠くの大学に来たのに彼女が隣に住むっていうのか? なぜだ? 彼女の学力は高校トップクラスで京大だろうが東大だろうがどこだって行けたはずなのになぜこんな最果ての大学を選択した? しかも子供発達学科だと? 目指すは小学校教諭ってことか? 真藤先生って呼ばれる為に来たのか? だとしても他の選択肢があったはず、分からん、一向に分からん。分かるのは今すぐ部屋の写真集を片付けないといけないという事実のみ――――


「部屋の間取りって一緒だったりします?」

「うへあああああああああああぁ! なんで、なんでいるの!?」

「だって、玄関開いてたから」

「だ、ダメですから! まだ片付いてないんです!」

「そっか、あとで一緒に引っ越し蕎麦食べようねー!」


 な、なんて子なんだ、開いてるからって玄関から覗くか普通。

 見られたのか? いや、玄関から覗かれただけだからギリセーフなはず。

 くそ、一秒でも早く片付けなくては、僕の人生が終わる――――!



※真藤睡蓮視点


 ずっと見てたんだから、もっと早く気付いてくれればいいのに。

 君が撮ってる写真、全部カメラを意識してポーズとってたんだよ?


 ふふふっ、でも、焦らずに行こうかな。

 二度目の人生、今生も貴方と一緒になって、ずっと幸せに生きていこうね。


 愛してる、ヒツジさん……。

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