第8話 必殺の間合いまで
冒険者となったルシアは時には単独で、時にはパーティを組み冒険を行い、経験を積んでいった。
始めこそ目の悪いルシアをお荷物と敬遠するパーティが多かったが、本人の働きが知られていく事で、少しづつ界隈でも知られるようになっていった。
半年も過ぎた頃には乞われてパーティに参加することも多くなり、その傍らで例の領主の情報を集めていた。
事態が変わったのはあるパーティと洞窟に住む魔物を掃討する依頼を受けた帰り道のことだった。
洞窟を抜けて一段落がついた時に、メンバーの一人が気になる噂について話をしたのだった。
その話によると近々、城塞都市で祝祭が行われるのだが、その時に領主の前で舞を披露する踊り子を探しているという。
ただの舞なら何故踊り子が確保できないのかと問うメンバーに噂を聞いてきた魔道士が答える。
曰く、その舞は踊り子に目隠しをさせて舞わせるものであること、それだけに留まらず領主たちの妨害を躱しながら舞い続けないと行けないという。
当然、途中で舞いを止めたり失敗したりすれば仕置を受けるのである。
そんな条件で受ける踊り子など食い詰めた芝居小屋の人減らしくらいしか無いだろう。
しかし、ルシアにとっては勝算のある話である。
舞いは訓練の一つとして指導を受け、人前で踊れるくらいの技量はある。
そして目隠しした状態など、彼女にとっては日常とさして変わらない。
妨害の内容が気になるがそれは考えても仕方がない。
隠し落とし穴などでも対処は出来るはずだと自分に言い聞かせると、旅の踊り子と思わせるためにいくつかの衣装を購入しそれらを詰めたカバンを背負うと城塞都市目指した。
城塞都市に着いてしまえば後は簡単だった。
元々、立候補者がいなかった所へそれなりに顔立ちの整った旅の踊り子が現れたのである、状況に辟易していた募集担当も二つ返事でルシアを採用したのであった。
そして宴当日。
まずは係から衣装を渡された。
手触りを確認すると、それは薄い絹で出来た服であり、布の面積が少ないかわりに手足や腰に長い帯が付いており、これを上手く浮かせて舞うの必要があった。
また極端に布面積が少ないのは、仮にも領主が生身で参加する宴である暗殺を企てていても武器を隠せないようにするためでもあった。
確かに考えたなと思いつつも、それでは自分を止められないとほくそ笑むルシア。
着替えが終わると係の者がルシアに目隠しを取り付けた。
これまで人前では目が見えない事を隠し通して来た事もあり、係は目隠しがとれないようにしっかりと固定する。
それが終わるとルシアの手を引きながら歩きだした。
その歩みは荒々しいほどに大股であり、とても主の前で舞う者を案内する感じではなかった。
やがて係が歩みを止めたので、ルシアは周囲の気配を注意深く探った。
自分の左右に複数人の気配があり、正面にも1人いる。
恐らく正面が領主で回りは家臣といったところか。
そしてそれらの気配はそれなりに遠い。舞台がそれなりに広いということになる。
舞いを行う以上、なるべく舞台全体を使う必要がある。
それは舞いを優雅に見せるためであり、同時に領主との距離を縮めるため。
係に促された楽団が音楽を奏で始める。
それに合わせてルシアはゆったりとした足取りで舞台中央へ進み舞いを始める。
音楽も次第にテンポを上げていき、舞いも激しいものとなっていく。
周辺の雰囲気を巻き込まんとルシアも激しく舞台を駆けながら舞う。
その時である、突如冷たいモノを感じ咄嗟に首を横へ傾ける。
次の瞬間、先程まで頭が有った空間を何かがよぎる。
まさかと聴覚の一部を物が飛んでいった方向へ傾ける。
そこには硬い物が壁に当たり落ちる乾いた音。
まさかとは思ったが、領主は舞っている踊り子に向けて短剣を投げつけたのである。
これが領主の嗜好。
相手が反撃どころか反応できない状態にして徹底的に甚振る。
迂闊に逆らえば命はない状態で、踊り子は舞い続けないといけない。
失敗したらどのみち待っているのは死。
踊り子は必死に踊り続ける必要があるのだ。
そう、普通の踊り子なら。
周囲の気配に注意深く意識をまわしつつ、ルシアは舞い続ける。
相手の手口が分かれば後は容易い。
ルシアは舞いながら短剣を避け、避けた勢いも利用し少しづつ領主との間合いを詰めていく。
あと1歩の跳躍で届く距離まで近づいた時、何か別の気配が猛然と近づいてくる。
恐らく誰かが正面から駆け寄ってきているのだ。
とっさに左へ跳躍するルシア。
その直後に空間を何かが上から下へ振り下ろされる。
迫っていた存在、つまり領主は手に持った大型の両手剣を持ち上げながら、ルシアに向けて凄絶な笑みを見せる。
「上手く気配を立っていたが、やりすぎたな暗殺者。いくらなんでも暗闇で短剣を投げつけられて平然としている踊り子があろうか。」
領主の言葉で、奇襲を諦めたルシアは目隠しを外す。
「あ~あ、なんだバレていたのか。ならここからは正々堂々行かせてもらうわ。」
領主に負けない不遜な態度で回答するルシアだが、その丸腰の姿に虚勢と取られたのか、領主だけでなく家臣たちも忍び笑いをしている。
「笑っていられるのは今のうちよ。」
ルシアは右手を天井に掲げると、呟くように詠唱する。
「過去より来たりし剣の王よ。我が盟約に従いその姿を現せ。汝の力もてあらゆる剣を食いつぶさん。」
詠唱にあわせるように右手首につけていたブレスレットが輝きを増していく。
それは明らかにそれ自体が発光している光。
「我が召喚に答えよ!
叫びにも似た詠唱に答えるようにルシアの手には凍えるような刃を持つ魔剣が握られていた。
なるほど、そう言うことか。
ルシアは心のなかで得心する。
魔剣を通して魔力の流れが感知できるようになった今なら分かる。
領主は両手剣に支配されている。
つまりあの両手剣は契約の魔族であり、領主の本体である。
ならばやるべきは一つ!
ルシアは剣を改めて天に掲げた。
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