ジェルマ・クォーツネル
「ふ、ふははっ……これは凄い! なんて純度の高い太陽の魔力なんだ!」
血を抜かれ、気を失っているミス・タカナシの前で、私、ジェルマ・クォーツネルは高笑いしていた。
先ほど、彼女から血を注射器三本分抜いた。大量にあるダイヤモンドンのような人工魔石を一つ手に取り、慎重に血を注入する。
すると、人工魔石は赤から徐々に紫に染まっていく。その輝きは、まさにアメジストそのものだ。
古来より血や髪は、魔力が宿りやすい人体の一部。
より強力な魔法を使うために補助用魔石の代わりに自分の血を注入した人工魔石を埋め込む魔法使いや魔女は少なくない。
そのため、職業柄こうした魔力を籠めた血を人工魔石に注ぐ作業は避けて通らない。
私はこれまで、何度も色んな魔法使いと魔女の血を採り、人工魔石に注入してきた。
その際に血は採取した相手の魔力の強さに反応して、様々な色に変わることが分かった。
真っ赤なルビー、濃淡が鮮やかなサファイア、透き通るエメラルド……様々な宝石と変貌した人工魔石は、どれも美しかった。
だが……だが、これはどうだ?
花嫁の血を採取したのはこれが初めてだが、ミス・タカナシの魔力は一切の濁りがない。
血を注入した後の人工魔石の濁りが少ないのは魔力が強い証。
だけど、これはその濁りが一切ない。それはこの魔法界に暮らす花嫁の中で、彼女が一番太陽の魔力が強いという証明だ。
「私の予想を超えるとは……これはいいモノを見つけたな」
すぐさまもう一本の採血済みの注射器の針を人工魔石に刺しながら、私は己の身の上を振り返る。
ジェルマ・クォーツネル。クォーツネル伯爵家の現当主。だが私の祖父は、三代前の【一等星】カノープスと愛人の一人に生まれた子供だった。
私にとって曾祖母にあたる祖父の母は、カノープスが統治する土地『カリーナエ』にあった花屋を営む街娘だった。
【無星】だったが美しい娘で、配達や店番をしていたら必ず男達に求婚されるほどだった。私が持つこの亜麻色の髪は、その曾祖母から譲り受けた証でもある。
カノープスはそんな曾祖母の美貌を気に入り、愛人として迎え入れた。
その頃にはカノープスの女癖の悪さや悪行の数々がカリーナエ全体に知れ渡っており、彼に目を付けられた娘は生きて帰ってこないことを住民全員が知っていた。
しかし曾祖母には大病で苦しむ母がおり、父は反対したがそれを押し切り、母の治療費を条件にカノープスの愛人になることを決めた。
そうして愛人としてカノープスの屋敷に足を踏み入れた曾祖母に待っていたのは、凄絶な苦痛と嘆きの日々。
正妻を含む女達は、次代のカノープスを産む道具扱いされていて、曾祖母も例に漏れずカノープスの望むまま夜伽を共にした。
その数年後、曾祖母は祖父を含めて五人の子供を生んだが、どれも【一等星】ではなかった。
もちろんカノープスはこの事実に激怒し、祖父以外の子供は暴力の末に命を落とした。
曾祖母も我が子の死に嘆き悲しむも、生き残った祖父を守るために必死に夫の暴力を受け続け……最後には顔が判別できないほど膨れ上がった状態でこの世を去った。
曾祖母の死後、彼女の両親に渡されたのは一通の死亡通知書と数枚の金貨――申し訳程度の弔慰金だった。
もちろん結果は火を見るよりも明らかで、曾祖母の両親は後を追うように自殺した。
だが、その直前に全財産を使って《鴉》を雇い、国王陛下に直達するよう出した告発状によって、カノープスの悪行が白日の下に晒されることになる。
その後はまさに怒涛の勢いだった。
カノープスは宮廷魔法使い達によって捕縛され、裁判もなしで問答無用で処刑。
残った女と子供達は、王宮の手配によってどこかの家の後妻や養子として迎えられた。
私の祖父も子供のいなかったクォーツネル伯爵家の養子となり、養父の親戚である女性と結婚。
それから祖父は一人の息子と二人の娘に恵まれ、穏やかな余生を過ごした。
(祖父は確かに幸せだったのだろう。……だが、私はそこで止まるような男ではない)
【一等星】の器に選ばれなかったとはいえ、祖父はカノープスの血を引く者。
ならば、私こそ【一等星】に選ばれるべきだ。
神託だが知らないが、ある日突然降ってきた言葉一つで【一等星】を決めるなど笑止千万。
この世界の魔法使いと魔女達は、己の力を磨くために日々血の滲む努力を積み重ね、地道ながらも等級を上げる。
しかし、王族と【一等星】だけは別だ。
この世界を作り出した二二人の魔法族――王族は確固たる血脈から選ばれた者が王となるが、【一等星】は世界から告げられた神託のみで選ばれる。
幼い頃は理解できなかったが、今となっては三代前のカノープスの心が分かる。
何時くるか分からない自分の代替わり。器に選ばれたのは貴族か平民なのか分からず、ただ神託のまま次代を育て、そのままお払い箱など誰だってなりたくない。
だからこそカノープスはたくさんの女を集め、子供を作ったのだ。
【一等星】という、王族以外に頭を垂れる必要のない強力な地位と力を手放したくないが故に。
彼が犯した暴行も、思い通りいかない現実への憤りがあったはずだ。
「だが、私は違う。私は私の力で【一等星】を手に入れる」
ミス・タカナシはその第一歩でもあり、利用価値のある道具だ。
採血し人工魔石に注入し終えた注射器を、消毒液を混ぜた水が入ったバットの中へ放り込む。
そして新しい注射器を手にした私は、再びミス・タカナシの血を採る。
異世界の花嫁よ、どうか私に力を。
誰にも抗えない魔法を、
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