2,宝石の力


「わあ……凄い!」

「クラフト師のアトリエなんて中々入らないだろう、そこに危険な物は無い。好きに見て良いよ」


 山高帽子にウエストのくびれたルダンゴトが壁にかかって、クラフト師というよりは、本当い魔女の部屋みたい。

 ひっかけ錨に、沢山の宝石……あ、あれは柘榴石だ。あっちは鉄? 干したスターアニスなんてものもある。

 ……あの瓶の中に入ってるのが人の歯ではないことを祈るばかりだ。


「気になる物はあったかい?」

「い、いえ、見慣れない物が多いなと思いまして」

「そりゃそうだろう、ここにあるものは全部クラフトに使う物ばかり。あんな屋敷に置いてあったらそれこそビックリさ」

「おっしゃる通りですね、はい」


 足下に転がっている宝石をつまんでランプに透かしてみた。

 わあ……綺麗……。


「マジッククラフトは不思議な物だよ。製作者の想いが籠もれば籠もるほど、使用する人間に気持ちが伝わる。

 この宝石達はその気持ちを伝えるための媒介みたいなものさ、特別な力を持っている。だからいつも力を貸して貰うのさ」

「一つ一つに意味があるんですね」


 前に置かれたマグカップにお礼を言って一口。


 ……あ。


「わ、良い香りの紅茶! これはパンプレムースですか?」

「よくわかったね」

「はい、この香りは大好きなんです。なんだかとても懐かしくて……町を歩いているとよくつられて市場を覗いたりするんです」


 とても久しぶりにこの香りを嗅いだ。お陰ですっかり夢中になってマグカップはすぐ空っぽ。

 クラフト師さんがまた注いでくれるが、またもや瞬殺。


「くっくっく……お前さんは何処でそんなにパンプレムースが好きになったんだい」

「さあ……気付いたらこうなっていました」


 三杯目を手に取って、ようやく一息。

 クラフト師さんの後ろにある窓には、すっかり夜の帳が降りていた。


「本当にお世話になってもいいのでしょうか」

「かまわんさ……と、いいたいところだけどね。もしあんたが申し出てくれるって言うんなら、一つお願いがあるんだが」

「な、なんですか?」


 あ、やっぱりこういう話?

 うまい話には裏があると、孤児院の先生が常々言っていた。こういうことですね、先生。


「お前さんも知っての通り、私はクラフト師さ。そこで一つ面白い発明をしてね。 もしよければあんたにその発明品を託したいのさ」

「つまり私に実験台になれというんですね」

「何もそんな言い方はしないさ。

 だが、使うか使わないかはお前さん次第さ」


 そう言って私の手に置かれたのは、綺麗な石がはめ込まれた小さな宝箱。

 ソッと開けてみると、中には赤いボタンのようなものがある。


「これは何ですか?」

「これはね、私が開発した人生リセットボタンだよ」

「人生リセットボタン?」

「そうさ。これを押したらその人が望む時まで遡ることができる。しかし「えいっ」説明を最後までお聞き⁉」」


 怒られてしまった。でも仕方ないじゃない、人生リセットボタンなんて聞いたからには押したくて押したくてしょうがない。


「でも発動しませんね、失敗ですか? 」

「あのね、何の躊躇もなく人生リセットボタンなんて押すもんじゃないよ」

「だって人生やり直したいんですもん」


 せっかくのチャンスだったが、残念。

 箱の蓋を閉めてクラフト師さんに返すが、一向に受け取ってくれない。


「……お前さんはどうしてそんなに人生をやり直したいんだい?」

「それを聞かれたら長いですよ。

 義父母に身売りされないようにもっとうまく立ち回ったりとか、義兄弟のおもちゃにされないように護身術を身につけるとか、そもそも孤児院から義父母の手に渡らないよう手に負えない子う演じるとか。


 ……それよりも、私を産んだ母親から捨てられないように努力し直すとか」


 もう顔も覚えていないけど、両親と一緒なら貧乏でもまだ耐えられたかもしれない。

 どんな人か知らないけれど、今の状況よりかは少しはマシになるんじゃなかろうか?


「あんたも苦労したんだね」

「私みたいな子は珍しくないですよ。

 ところでこのリセットボタン、使い物にならないので返しますね」

「人の傑作をガラクタ扱いするんじゃないよ。

 いいかい、このリセットボタンは対になってるんだ」


 なんと。それを早く言ってくださいよ。

 クラフト師さんの手に、私が持っているものと同じような箱がもう一つ乗っかっていた。


「このリセットボタンは、一人の願望だけでは発動条件しない。二人必要なんだよ。

 お前さんともう一人、できればある程度縁のある人間が必要なんだ。お前さんと同じように人生に憂いている者、やり直したいと思っている者に、これをもう一つ押してもらう必要がある。

 そうすると二人は無事に人生をやり直すことが出来るというわけだ」

「つまり、私のような哀れな知り合いをもう一人連れてくればいいっていうことですね」

「そういうことだね。

 けど今日はもう夜も遅い、その人物を探すのは明日にしよう。向こうに客間がある。風呂は沸いているから、食事の前に入っておいで」

「あのう、クラフト師さん」


 なんでこんなに良くしてくれるんですか? とか聞きたいこと山ほどあるのだけれど。


「クラフト師さんも、人生をリセットしたいと思ったんですか?」

「……追い炊きする薪がもったいない。早く入っておいで」


 私が欲しかった答えは、貰えなかった。


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