リザのリセットボタン

石岡 玉煌

1,よくある身の上話


 突然ですが自己紹介を。

 どうも、私はリザ。ただのリザ。年齢は十を少し過ぎたくらいです、そうです、子供です。


 そして早々になんですが、ピンチです。


「おい‼ 見つかったか⁉」

「こっちにはいねェ!」

「絶対に捕らえろよ‼ 明日のおまんまがかかってんだ‼」



「(さ、最悪……)」


 あ、ここです。

 かび臭い路地裏、ネズミが出入りするゴミ箱の横で蹲ってるのが私です。


 まさしく人生の燈火を終えようとている私ですが、少し身の上話を聞いていただけないでしょうか。




 私は生まれてすぐに孤児院へと預けられた。

 なんでも私の生みの親はとても貧しく、とてもじゃないが私を育てられないので孤児院へ、という運びになった模様。


 よくある話だよね、私もよく聞くもん。


 そんなこんなで雨漏りは酷いわ隙間風が身に染みるわ主食は野菜の皮が入っていればごちそうの水味スープパンは親指の爪ほどしかもらえない日もあった。このんな孤児院でスクスクと逞しく図々しく育ったのが私ってわけ。

 この世に生を受けただけで人生の運を全て使い切ったんじゃないかと思うくらい、幸薄だと思っていた。

 しかしある日、とうとう私にも幸運が舞い込んできた。




「すいません、養子を探していまして」

「まあまあ! いらっしゃいませ!」


 その時の先生の破顔は忘れもしない。

 そうですよね、食い扶持が一人減ったらその分自分の食べ物が増えますもんね、先生のそういう人間性丸出しなところ、案外嫌いじゃなかったですよ。


「ではこのリザなんでいかがでしょうか? この通り大人しいですし、従順な子なんですよ。それに少しですが読み書きもできますわ、そしてこの器量の良さ!」

「ほぉ……君はリザというのかい」

「は、はい……」


 わあ……凄く大きいお腹。院長先生が三人くらいは出来そうな体面積だわ。

 なんて考え事をしながら大人たちの会話を大人の会話を聞き流していた。それがいけなかった。

 あれよあれよと言う間に、私はその大きなお腹の人の養子に入ることが決まってしまい、一言も意見を発することなく、この身一つでその日のうちに義父母の養子となった。




「お帰りなさい。あなた、この子が新しい子?」

「ああ。なかなか悪くないだろう?」

「ふうん……まあ、せいぜい働いくことね」

「よ、よろしくお願いします……?」


 あれ、養子って言っていなかった? 働くってナニ?


 孤児院では嵐のように起こっていたことに理解が追いつかなかったけど、馬車のジワジワと希望が滲み出てきた。あ、これ私幸せになれるんじゃね?


 しかし、それは私の妄想に過ぎなかった。

 その日から、まぁひどい扱い。やれ屋敷中の窓拭けだの、やれ廊下の端から端まで掃いてこいこいだの、やれ洗濯を一人でやってのけだの、やれ草むしりしろだの、やれ兄弟の遊び相手をしろだの。

 こんな重労働をこんな子供にさせるか? そして気付いた。私は養子として貰われたのでは無く、使用人として貰われたのだ。


 これ、孤児院にいた方がまだ休めるぞ。


 そして早三年。その日はとうとうやって来た。


「リザ、少しこっち来なさい」

「はい、お義父様」

「何も言わず、この人たちに着いて行きなさい」


 終わった。直感的にそう思った。

 お義父様の後ろにはニヤついた顔を隠さない厳ついおじさんたちが三人並んでいた。


「お義父様、この方たちは、」

「何度も言わせるな、着いて行きなさい!」


 あ、私売られるんですね。薄々わかっていました。

 お義父様が無駄に土地を買っていたことも、お義母様がこれ見よがしに大粒の宝石を買い漁っていたのも、義兄弟達は各国の美食に舌鼓を打ち、年々お義父様にお腹が似てきていることも。

 そんなことをしていれば、いつか資金は尽きる。

 ところで私一人でそんな資金を賄えるのだろうか。



 と、まぁこういった流れで、私はおじさん三人組に着いて行くことになったのだが、私だって人間だ、感情がある。


 つまり脱走した。




「あっちか⁉」

「こっちにはいねぇぞ‼」

「日が暮れる前に、見つけ出せ‼」


 絶対に見つかってたまるか‼ 私は今日から自由になるんだ‼

 おじさんたちが走り去るのをじっと耐え忍び、静寂が訪れたのを確認するとそろそろと顔を上げた。


「あぁ……やっと撒けた……」


 一人きりになるなんて、一体いつぶりだろうか。

 目元にかかった薄い菫色の前髪を払い、後ろで一つに括った三つ編みを撫で付けた。


 いつまでもここに座っているわけにはいかない、早く屋根のある場所を見つけて……ああ、晩御飯はもう無しでもしょうがない。孤児院時代から食べないことには慣れている。眠ってしまえばこっちのもんよ。……我ながらなんて世知辛い人生。

 途方に暮れていると、陰が私を覆った。


「おや……お嬢さん。こんなところで何をしているんだい」

「あ、あなたは……。


 クラフト師さん!」


 フードの奥には義父母より年若い綺麗な女の顔が見える。

 ……魔女みたい、なんて言ったら怒られるだろうか。


 因みに私たちの住むこの国では、ある一定の魔力を持って生まれた特別な人間のみ、マジックラフとなるものを作る職に就くことが出来る。

 マジッククラフトとは、生活で便利な魔法を使えたりする、謂わばお助け用品。


 この人は義父母の屋敷によく出入りしていた御用達のマジッククラフト師さんだ。

 私は直接会ったことないが、何度か遠目で見かけている。


 しかし何度かお義父様と言い争いをしていたような……まああんな無茶苦茶な事を言う客を相手にしているんだ、いくら商売でも感情にまかせてしまうことはあるのだろう。

 つまり義実家とあまり仲の良くないマジッククラフト師さん、ということだ。


「こんなところで何をなさってるんですか?」

「私の家はこの近くなんだよ。ところでお嬢さんはあのボンクラ屋敷に住んでいる娘さん……確かリザとかいう名前だったね」

「色々あって売られたようですが逃げてきました」

「そうかい、それは災難だったね」


 その声色が何処か嬉しそうなのは気のせいだろうか。

 全く、こんなことしている時間はないと言うのに……。


 汚れたお尻を払って立ち上がった。


「どこに行くんだい」

「屋根のあるところに。雨露が凌げれば贅沢は言いません」

「随分と逞しい。


 それならどうだい、今夜家においでよ」


 これまたビックリ。

 こともあろうに、仲のよろしくない義実家の関係者だというのに!


「いいえ、そんな急にお邪魔するなんて……」

「どうせ寂しい独り者さ、それにこんな路地裏で取引先のお嬢さんを見つけるなんて、これも何かの縁さね。

 安心をし、あんたを売っぱらったという義父母には何も言わないからさ。一晩話し相手になってくれれば、それでいい」

「…………」

「そんな目で見ないでおくれ、ただの善意さね」


 信用……してもいいのだろうか。


「それで、どうするんだい?」

「い、行きます! よろしくお願いします!」


 もう、寝られればどこでもいいや。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る