出遅れ男と愛しの

焼き串

出遅れ男と愛しの


 何事も始めが全てを左右する。

 僕がメロンパンを口にしようとすると級友きゅうゆうは突然そう言った。


「始めが全てを、ねえ」


「そうだ。例えば徒競走やレースでもスタートダッシュが肝心だろう?」


 我が意を得たとばかりに級友は語り出した。

 こうなった彼は止まらないと知っている。黙って先をうながす。


「いくらその後、挽回ばんかいしようとしても最初でつまずいてしまったらどうしようもない」


「全ては後の祭りだと」


「そうだ。最初の遅れは後の頑張がんばりを無駄にする。なんとも残酷な仕組みだ」


 イチゴオレの紙パックを握り、いよいよ彼はまくし立てる。


「哀れな話だとは思わないか? 運命の悪戯いたずらでスタートをしくっただけでこんな目にうなんて」


「そうだね。気の毒だと思うよ」


「さすが我が友人だ。よくわかっている。だからここは」


「でもさ」


 話を続けようとする級友を制して僕は言った。




「単に購買で好物のメロンパンを買いそびれたという話をそんな大袈裟おおげさにする必要ある?」




 彼はやたらと大仰おおぎょうな言葉を使っていたが要はそれだけの話だった。


「た、単にとはなんだ! 俺としてはかなり重要な件だぞ!」


「いやまあ、君が甘党なのは知ってるけどさ」


 頬杖ほおづえをつき、ため息を吐く。


「そもそも君が出遅れたのも、授業中に居眠りした件で怒られていたからで。完全に自業自得だよね?」


「それを言ったらおしまいではないか!?」


 級友から、さっきまでの勢いは消えている。

 いつもの微妙に残念な彼に戻っていた。


「違うんだ、昨日はついつい遅くまで読書に精を出してしまって。これが実に興味深い内容で」


「何でもいいけど、もう食べていい? 僕もお腹減ったし」


 しどろもどろに言い訳を並べる彼に最後通牒さいごつうちょうを突き付ける。

 そして返答は


「……ごめんなさい。一口わけてください」


「素直でよろしい」


 向こうのカレーパン一口と交換で手を打った。




「しかし、いいのか?」


「何が?」


 昼食を終え、教室に戻る途中で彼が言った。


「いつもこうして、俺とばかり昼飯を食べているが。たまには別の友達と食べたりしなくていいのか? 付き合いとかあるだろう?」


 その顔は先程と違い、こちらを純粋に心配する表情をしていた。

 彼の根っこにある人の良さが現れていた。

 だからこそ僕は笑みを浮かべる。


「君が気にすることじゃないよ。その辺は器用にやっているから」


「そ、そうか? ならいいが」


「それより早く行こう。昼の授業、遅れちゃうよ」


 彼をかし廊下を進む。


「……僕が一番いたいのは君の傍だから」


 たった一言、小さな声で呟く。


「何か言ったか?」


「何でもないよ。ほら行こう」


 僕は制服のなびかせ、彼と教室への道を急いだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

出遅れ男と愛しの 焼き串 @karinntoudaze

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ