膝は笑う
八万
膝は笑う
「よーい」
パンッ
「うぉぉぉぉぉぉぉぉっ」
ピストルの号砲と共に僕は一気にダッシュを決める。
「うりゃぁぁぁぁぁっ」
風をきって走っているのを感じる。今日は調子がいい。
「ずどどどどどどぉぉっっっ」
ちらと横を見ると隣を走っていたライバル達はもう見えない。
やはり君たちでは僕の怒涛の走りについてこれなかったようだね。
僕は機関車になった気分でさらに腕を大きく振りながら足を加速させる。
もう完全に独走状態だ。
周りからは大きな歓声と女の子の黄色い声援が僕を気持ちよくさせる。
気になるあの子も僕の勇姿を見てくれているだろう。
黄色い声援がさらにヒートアップしてくる。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
「こないでぇぇぇっ」
気づくと僕はコーナー付近で体育座りしていたクラスメイトの列に頭から突っ込んでいた。
コーナーを曲がりきれなかったのだ。
僕は自慢じゃないが小学生の割にぽっちゃりで膝に爆弾を抱えていたのを忘れていたよ。
ちょうどコーナー付近で懸念の膝をやってしまいこのざまだ。
五年四組のみんなごめんね。
その後僕は気を失った。
「
「あ? まだ痛む? じゃねぇんだよぉぉぉっ。誰のせいでこうなったと思ってんだよっ! ああん? こっちは足折れてんだからなっ。このおデブがっ!」
「でも、こうして万里藻ちゃんと一緒のベッドで寝れて、僕は幸せだよ」
僕はずっと前から万里藻ちゃんのことが気になっていた。
「なに寝ぼけてんだよっ。ベッド離れてんだろがっ。こっち見んなっ!」
万里藻ちゃんはちょっぴり口が悪い小柄な女の子。
しばらくの間僕は膝の治療。万里藻ちゃんは足の骨折治療のため並んだベッドで仲良く過ごした。
その後少し歩けるまで回復すると僕たちは仲良くリハビリをスタートさせることになった。
僕は日中は万里藻ちゃんが早く歩けるように時々サポートしながら夜中密かにベッドの上で筋トレを開始した。
見えないようにしっかりカーテンを引くのは忘れない。
「おいっおデブ! 夜中にフンフンうるせぇんだよ! はよ寝ろやっ」
「ご、ごめん万里藻ちゃん。もうすぐ終わるから。へへ」
万里藻ちゃんはちょっぴり口が悪いが僕の健康を考えてくれている優しい子。
ある日リハビリ室で転倒しそうになった万里藻ちゃんを僕が支えると赤いほっぺをパンパンに膨らませて悔しそうに僕を睨んでいた。
万里藻ちゃんは負けず嫌いだ。そんな万里藻ちゃんがまた可愛らしい。
僕と万里藻ちゃんはリハビリの甲斐あってか意外に早く同時に退院することができた。
その後しばらく僕はクラスメイトに悪者扱いされて独りでいることが多かった。
万里藻ちゃんはみんなに同情されて休み時間はいつも囲まれて賑やかだった。
以降僕たちは気まずくなりほとんど話さなくなってしまった。
それでも僕は家に帰ると筋トレだけは欠かさず続けた。
中学にあがったある日の放課後僕は万里藻ちゃんを屋上に呼び出した。
屋上の扉を開けると春の風が強く顔にあたって目をこする。
セーラー服を着た万里藻ちゃんはどうやらグラウンドを眺めているようだった。
「万里藻ちゃん」
「おそいっ」
万里藻ちゃんは振り向くと小学生の時よりだいぶ長くなった髪を直しながら言う。
「……ごめん」
「ずっと待ってたんだからっ」
ほっぺを風船のように膨らます万里藻ちゃんはやっぱり可愛い――。
でも少しだけ前より大人びてドキリとする。
僕は緊張のあまりプルプルと膝を笑わせながらも拳を強く握り締めた。
「僕 万里藻ちゃんが好きだ」
「知ってたよ。私 リハビリ手伝ってくれた時から……ずっとずっと……好きなのに……ばか」
僕たちはしばらく恥ずかしくて俯いていた。
「走ろっ!」
パッと顔を上げた万里藻ちゃんは桜の花のような笑顔でそう言うと僕の返事も待たずに僕の手をぎゅっと握って屋上の出口へと元気いっぱい走り出した。
僕は万里藻ちゃんが大好きだ。
了
膝は笑う 八万 @itou999
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