Hollo,World

何もかんもダルい

終わりの世界、漂うもの

 白い硝子質の砂浜で出来た惑星。何処までも透き通る純粋なH2Oの海洋。

 そこには命どころか栄養素、無機物の一切すらもが存在しない。


 完全にその歴史に幕を引いた惑星。生命の多様性というものが肯定されながらも、それら全てをされた世界。

 幼いころに夢中で眺めていた図鑑は、今や空想の存在を仔細に描いた同人誌と何ら変わらない。


 ――――であれば、問おう。

 そんな世界で、モノにあふれた此処は何処なのか、と。

 

「予定外だ」


 発展したビル街なんて言葉では表現しきれないそれは、建築物で出来たエベレスト、あるいはグランドキャニオン。それがあろうことか大地や海上を鰭を伴い移動するという空前絶後。


 全長数百km、体高数十km、内部表面積測定不能。その中を必死に駆け抜ける。

 少年の背後に迫るのは黒い犬のような何か。目も鼻も口もなく、ただ犬の形を模しただけの影のようなソレ。

 存在しない口をし、開かれたそこから銃口を覗かせるという生物にあるまじき挙動をもって、眼前の獲物を確殺するべく機動する。


 ――――短絡ショートは間に合わない。遮断クラックなど以ての外。物理攻撃はそもそも意味がない。であればどうするか。


「こう、するッ!!」


 事前に確認していたエリアを全速力で駆け抜け、そこにあった赤色のボタンをカバーごと叩き割りながら押し込む。瞬間、安全性など全く意識されていない速度で分厚いシャッターが落下する。

 厚さ数十cmの合金板が寸分の狂いもなく犬型の怪物を圧し潰し、頭部に形成された砲口は明後日の方向へ向けて火を噴く。生物どころか機械であっても即座に機能停止するなまくらのギロチンに挟まれているというのに、怪物は健在。ただその重量に身動きができない現状に苛立っているだけだった。


 そう、この怪物に物理攻撃は効かない。重量で拘束はできるが、圧殺は不可能。弾丸も、刃物も、質量による衝撃すら意味がない。

 であればこそ、で攻撃するのだ。

 

「狙い通り」


 少年が呟いた直後、その体に輝線が走る。藻掻く黒犬の体にもまるで同調したかのように輝線が走り、かと思えば数秒後に突如として全身を痙攣させ、そのままぴくりとも動かなくなった。


「……基幹経路OSぶっ壊してんのに失神で済ますあたり、ほんと化け物だよ」


 たった今、怪物は人間で言う脳幹に当たる部位を完全破壊された。だというのに症状は失神程度。1時間もあれば復帰し、そこから10分も掛からずに圧し潰している鉄塊を脱出、再び徘徊するだろう。

 意味不明なほどの不条理。だが、見慣れていればそれに態々わざわざ言及するものはいないだろう。

 彼にとって――――否、この世界に生きる人々にとって、それはとても当たり前のことだった。


 ふと思い出し、少年は懐に仕舞った目当てのモノを引っ張り出す。

 硬質の真空管のような容器の中に、淡く輝く黒金の宝石らしきものが鎮座するそれ。一見すればアンティークか珍しい工芸品のようでもあるソレは、この世界において何よりも貴重な資源だった。


「ちょっと無理しすぎたかな……容量は……うわ、ヤバ」


 7,537,392uAoIと表記されたホログラムを見ながら、苦虫を嚙み潰したような顔で端末を取り出し、少年は電卓に数字を打ち込んでいく。

 端末に浮かぶ数字は82,379uMN。次いで起動したアプリに表示されているのは11,357uMN。その意味が分からずとも、“何かが足りていない”ことだけは誰にでも分かる状況だった。


「生き物のはそりゃキツいかぁ……しゃーない」


 ぼやきながら、少年は次に何をするべきかを脳内で組み立てていく。

 脳内で願うのはただ一つのささやかな望み。誰だって一度は思い描く、昔日の光景を宿しながらも輝いている理想的な明日。


 それを誰かに話すことは、少年は決してしないだろう。だってから。

 誰もが一度は考えることを声高に話すなんて馬鹿の極みじゃないか――――少年は本気でそう思っている。だから誰にも話さない。

 けれどその一方で、そんな下らないことへ本気になっていることも事実。だからこそ少年は自分のやっていることにささやかなプライドを持っている。


「理想へは遠いなぁ……」


 呻きとも諦観ともつかない、その実何一つとして諦めてなどいない声で、少年はぼやいた。

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