そのアパートの中の無垢な鳥たちは
麻麻
第1話 401号室、この部屋は事故物件
「あれ・・・?ない」
浴槽に湯を張った佳奈子は苛立って、洗面台に付いている扉を片っ端から漁っていた。
「ねえ、ヘアクリップ知らなーい?」
リビングにいる匠に声をかけるがテレビを見ていた彼にその声は聞こえない。
「ねえってば!」
ズカズカと佳奈子はリビングに入るなりソファにあるテレビのリモコンを手に取り音量を下げる。
「何?」
明らかに彼は不機嫌そうだ。
だが知ったことではない。
「ヘアクリップ探してるんだけど見なかった?
白いやつ」
「知らないって」
「うそ?」
「あの顔洗う時付けてるやつでしょ」
という匠の質問に頷く。
どうやら話は聞いていたようだ。
佳奈子の不機嫌も少しは落ち着きを戻した。
「ゴミと一緒に間違えて捨てたんじゃない?」
と匠は能天気に笑って答える。
するとまた佳奈子の不機嫌ポイントは発動したようだ。
「マジかー。チラシと一緒に混ぜちゃったかな」
ゴミ箱を漁ってまで探すつもりはない。
佳奈子はヘアクリップを探すのを諦めて風呂に入った。
翌日はプラスチックゴミの回収日だ。
匠は仕事に行ってしまった。
ゴミの回収時間は早く2度寝なんてできない。
(まあ、そんな事してたら匠にいいよな、専業主婦は)と言われるのだが。
そもそも籍を入れた後に、私は会社の業績がと言われそのまま解雇になってしまったのだ。
「住吉さんに紹介できる部署なくて」と気遣われながら
残す気なんてないくせに気を使われ結局、会社都合退職だ。
匠には両親がいない。
両親ともに鬼籍だ。
母親は去年、今住んでいるアパートで亡くなった。
1人で夕飯を食べている時に喉に食事を詰まらせてそのままらしい。
匠はひどく自分がもっと早く家に帰っていればと後悔していた。
その後、結婚して県外に移り住みたいとかねてから話していた2人だったがなかなか話が進まず籍を入れたからと佳奈子が匠の実家アパートに一緒に住む事になった。
つまりこの部屋では人が1人が亡くなって、日中佳奈子はその部屋で過ごしているのである。
ゴミ置き場のネットを開けてゴミを出そうとするとちょうど後ろにゴミを出そうとしてる中年男性がいた。
ついでだ。
ネットを開けたままにして後ろにいる男性がゴミを出せるようにする。
しかし、男性は何故か佳奈子を見ている。
化粧は薄くしているがそんなにヤバかっただろうか?
あまり見られたくない、立ち去ろうとすると男性は
聞き取れない声量で
「・・・あの、なにかとられませんでしたか?」
と聞こえた気がした。
自分に言ったのだろうか?
聞こえなかった事にして佳奈子は部屋に戻ってしまった。
あの人はなんと言っていたんだろう。
なにか盗られませんでしたか?って言った気がする。
あの人は何か盗られたのだろうか?
なぜ、そんな事を私に聞くのだろうか?
何もやましい事はしていない。
部屋に戻り施錠をしっかり掛ける。
そしてテレビをつけて不安を紛らわす。
「匠、早く帰ってきて」
この部屋で1人は心細い。
佳奈子はソファーに丸まって匠を待った。
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