アルバイト

「身内の評価が低すぎだろ。俺より非道いなんて、さすがにあり得ないぜ」

「なにしろ基本が政府系組織だからな。職員のできることにはおのずと限界があるさ。……ところで、今日は例の山の調査かな?」


「あぁ、アイツが発端のわりには一番影響が少ないんで、エリーナを連れて行こうと思ってる。残りを置いていく都合上、この別荘。警護とは言わない、モニターしてもらって良いか?」


「言われずとも近所の防犯カメラは、既にハッキング済み。二台のカメラが玄関を見ているとも。あとは、他に出来るとなると……。制服警官かパトカーが二時間に一回巡回。今のところはそこまで、だな。うちの現場組エージェントもちょっと忙しくてね。物理系ふつうのこうさくいんを一人置いとくので限界だ」


「恩にきる」

「いやいや、キチンと態勢を整えられずかえって申し訳無い。まともなオカルト的防御の態勢が取れないからね。むしろガイトに、降りる。と言われなくてこっちも助かる。国内大手企業の子女が複数絡んでる、出来る限り、早期に何とかしないといけないのもホントなんだよ、冗談抜きで」


 各方面に顔が利く、と言うことは各方面に繋がりがある。と言う事でもある。

 評議会コングレス自身も時間はかけたくないらしい。というのはガイトにもわかった。




「あぁ、その辺はむりしなくて良いよ。俺でできることはする。派手にならなきゃ良いんだろ? ……で、追加のもう一つってのは?」

『神様の正体を突き止めて欲しい、せめて真名まなくらいは知りたいトコだね』

「さすがに三日じゃムリでしょうよ?」

『なんなら現世うつしよから御退去いただくように、段取りしてもらっても良いぞ』


「もっと無理だ。なんにも情報がないんだぜ?」

『下調べした資料はさっきメールで送っておいた、ワープロはなにつかってる?』

「有名所は全部開けるけどさ。プレーンテキストで暗号通信、とか専用ソフト、とか。そう言うの、嫌いだよな? オオヌサさん」


『僕はその辺、良くわかってないから誰かに頼まなきゃいけないしね。それに今回はそこまで大変な情報はないから、暗号化するまでも無いんだよ』

「ショートメールとかSNSで良いんじゃねぇの?」

『だが字数は多いぞ?』

「威張れないよね!?」


 ――判断に事前の余談を挟んではいけない、と言いながらだ。

 そう言って電話の向こうではキーボードを叩く、カチャカチャと言う音が聞こえる。


「恐らくは平安後期から鎌倉中期、北陸から東北の日本海側、土着の民族宗教の神では無いか、と言うのが分析課の見解だ。だからますます真名を知りたい、現状では対処のしようが無いし、祟り神のたぐいだったりしたらなおさら、だからね」


「もはやどうして良いか、わかんないね。それ。……だいたい、どうやって調べるんだよ! ――祟り神とか荒魂あらみたまだというなら、かえって名前は知れてそうけど」


「だから。調べたけどわかんなかった、という報告書をあげろ。と言ってるのさ。スジが通るならあとは僕がなんとかする。現状はなにしろ、うちの準備不足が原因だからね。ガイトが何某なにがしかの損をこうむるなら、それは話をふった僕のせい。ってわけだ」


「話はわかった。まぁ、善処する、とだけ言っとく。……今日は事務所にいるのか?」

「そうそう、今日はこの電話のあとは夕方まで居ないからさ。連絡があるなら四時以降ね」

「携帯電話持てよ、あんたは!」


「個人のスマホはあるんだけどさ。仕事用は持ちたくないんだよねぇ」

「そんな気ままな管理職がいるかっ!? ――あぁ、そうだ。念のため、クルマをもう一台準備しててくれ。車種と場所は追って連絡する」


「機材センターから、ガイトのスマホにメール入れる様に言っておく」

「自分で用意してる暇がない。使わないとは思うんだけど」


『その辺、準備できるならするに越したことはないさ。あとは良い? ――なら、そんな感じでよろしく』


 と聞こえた瞬間、電話は切れた。


「自由すぎかっ!」




 電話から一時間ほどあと。

 リビングで、エリーナ達が朝食のおにぎりを食べているあたりでドアホンが鳴る。


「はい、どちら様?」

『ウキヤマロジです、山田様に関東総合事務機様からの時間指定便、お持ちしましたー』

「ご苦労さん、今いくよ」 

「誰なのよ、山田さん……」




「ガイトさん、何が届いたのですか?」

「モバイルルーターとノートパソコンが四台。キーボード、使えないヤツは? 居ないな? 退屈だろうからこれで遊んでていい。――あと昼は弁当屋が置き配していく、チャイムを鳴らすようにいってあるけどでなくて良い、確認だけして、その後取りにいってくれ」


 ガイトが抱えてリビングに持ってきたダンボールには、新品に見えるノートパソコンが四台と、その周辺機器や配線が、無造作にエアクッションに包まれて段ボールに入っていた。


「でも、私たち、スマホ。返してもらってるよね?」

「さっきスマホは返したが、simは今んとこ死んでる。今使ってるルーターは午前中で繋がらなくなるから、接続先はモバイルルーターに切り換えとけよ?」


「本当だ、言われてみるとアンテナの表示が無いな」

「外部には連絡をするな、と言うことですの?」


「インターネット閲覧は構わんが、通話やメール、SNSなんかは俺を含めた五人だけってことで。……特に家族への連絡は避けてくれ」


 さらに、ダンボールの底に収まっていた書類ファイルを取り出して、ローテーブルの上のパンやおにぎりの包装紙を片付けつつ、並べ始める。


「あの、ガイトさん。それはなに?」

「で。ただ居るのももったいないから俺を手伝え、アルバイトしろ。コンビニの四倍だそう。まぁお前らの一日の小遣いにもなるまいが、なにしろ労働には対価が必要だ」


「ならばわたくし達を助けて頂いた分もお支払いをしないと……」

「もう別口からもらってんだよ。その件はもう、支払いは確定した。……そんなことよりマジで書類を頼む。今回はとっかかりだけでも作ってもらわないと、締め切りに間に合わなくなる可能性が高い」


「あたし達は、そのひな形通りに作れば良いんですか?」

「変える部分はこれからパパッと書いちゃうけど、下手な役所の書類よりめんどくせぇぞ。午後からインクジェットだがプリンタ-とコピー用紙も来るから。――それとエリーナ」


 PC用に、ローテーブルまで延長コードを段取りしながらガイト。


「私? ……はい」

「出かける用意をしろ。昨日の山に一緒に行く、案内してくれ。お前の今日のアルバイトはそれで良い」


「このまんまの服で良いの?」

 エリーナがセーラー服のエリを引っ張る。

「服は、……んー、制服で無い方が良いか。途中で買うことにしよう」



「でも、行くのは良いけど、あの作務衣の人達は多分、今日も居るよ?」

「なら、あとで服と一緒に木刀も買ってやるから護身用に持ってろ」

「ちょっと、ガイトさん。何屋さんで買い物するつもりなの?」


「普通の商店では無いさ。特殊なものは売ってないが、手に入るものは出先のクルマであろうが宅配してくれる、便利な業者だよ。値段は通常の五倍だけどな」


 そこそこ大きなローテーブルは、ガイトによってPCやファイルが置かれ、いつのまにか事務机の様になっていた。


「さて、行ってみるか。……仕事は別に強制しないが俺が不在の間、建物から外に出るなよ? その場合、この場の全員、命の保証は出来かねる。と言わざるを得ない。良いな?」


「はい」

 セーラー服全員の返事は意図せず揃った。

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