神喰らいの男 ~インチキ拝み屋、お供はJK!? 現代日本で鬼退治!!~

弐逸 玖

おまじない同好会

乗り気で無い仕事

 歳の頃なら二〇代中盤、年齢ははっきりしない。短めにまとめた頭髪にダンガリーシャツ。

 やや広い山道の横。駐車帯に車を止めた男は、ペットボトルの水を一口含むと、後席から小ぶりのディバックを取り出してなれた様子で肩にかけ、ドアを閉めてロックする。


「どうせわかりやすい神社仏閣が有るで無し。あの山のどこか、ね……。多分東側だな。昔々のほこらでもあるのかねぇ。あー、めんどくせぇ」


 カーゴパンツのサイドポケットにフタをしたペットボトルを入れつつ、ディバックを背負い直す。


「あの人のよこした地図でもあの山であってる、か。せっかく今期は逃げ回ってたのに、結局評議会コングレスの仕事を受けてしまった。……くっそ!」



 ――急な話で申し訳ないが。例の静岡で貸した分。これをたった今、返してもらいたい。

 電話でそう言われたときには、既に地図と仕事の内容詳細が送られてきていた。

 業界的には発注側が圧倒的に優位。

 こうなればあえて断る事はできるにしろ、基本的には依頼を受けざるを得ない。


「たいした借りでもねぇじゃねぇか、巫山戯ふざけやがって!」


 だからこそ。コングレスとしても上層部がたいした事は無い、と判断した案件を回してきた。

 外注に回した理由は、急ぎたいが単に回す人間がいないだけ。

 と言う事情は彼にも理解できた。



「この山の中腹か。あの小道の先だな……? 修験道? いや陰陽道、か。民間伝承の変体系宗教も混ざってる、と言うかメインはそっち? ……風向きが悪りぃよ、ひでぇニオイだ。いずれ裏返って真っ黒なことだけはニオイだけでわかる。――そして」


 彼が視線を右に振ると、小川のせせらぎと、猫の額ほどの河原。

 ディバックから小型の双眼鏡を取り出すとピントを合わせる。


「距離的に一番ヤバそうのはあのあたりだが。……あっちゃあ、居たか。“アタリ”かよ」


 その河原には作務衣さむえを着て、錫杖しゃくじょうにしては先端のとがったものを持った人物が二人。そしてもう一人。

 全国でも有名な、お嬢様学校の制服。

 ややクラシカルな黒いセーラー服が“薙刀なぎなたを担いで”何かを話し合っていた。


「ふぅむ、結界、ねぇ。……いずれ契約破棄条件は成立した。帰ろう」


 彼は双眼鏡をディバックに放り込むと、踵を返し。

 尻のポケットからスマホを取り出しつつ来た道を帰ろうとするが。





 ロック画面から待ち受け画面に切り替わったスマホの上半分が、いきなりなくなる。


「先週買ってやっと設定終わったのに。……その刃渡りは銃刀法違反、現行犯逮捕案件だ。路上を抜き身で持ち歩いていい代物じゃねぇぜ? お嬢さん」


 男は顔も上げずにそう言い切ると、ゆっくり視線を正面へ立った人物へと向ける。


 目の前には、薙刀をかまえたさっきの黒いセーラー服が立っている。

 黒い服に映える白く長い首、肩より長いかなり明るめの亜麻色の髪と、やや深いグリーンの瞳。にもかかわらず輪郭は明らかに日本人で。

 やや大人っぽいと言える、大人と子供の中間点にあるような身体のライン。


「結界を無視しておいて、通常世界の法律とか。……バカなの?」


「日本に住んでる以上は日本の法律に従え、つってんだよ。……それに縮地か転移か見えなかったが、あの距離を無視する女子高生ってのは、人としてどうかと思う、ぜっ!?」 


 彼はスマホの残った部分を襲撃者に投げつける。

 ――ぽん!

 それを薙刀で弾こうとした彼女の正面でスマホが爆発する。

「きゃあ!」 


「説明書に書いてあんだろ、スマホの電池は優しく扱え! 出火や爆発の原因になる。命に関わる危険があります。ってな! 薙刀で切るなんて論外だ!」

他人ひとのスマホなんか、知らないわよ!」

「メーカー問わず、構造はみんなおんなじだ! 扱いがあんまりぞんざいだと、お前のスマホもそのうち爆発すんぞ!」


 そのやり取りで、一旦距離を取ったはずだったが。制服の彼女はいつの間にか薙刀の間合いに、居た。

「なるほど。歩法、ね。師匠は忍者か、それとも仙人……?」

「見破っておいて何を……! 死ねっ!」

「断るっ!」


 薙刀は人知を超えた速度で三度ほどうなりを上げるが、その都度。彼はこともなげにかわして見せる。


「……へぇ、剣道かよ。踏み込みは悪くないが竹刀や木刀と真剣はもちろん違う、さらに薙刀なぎなたなんてのはもっと別物だ。あえてそこは意識した方が良いぞ」

「うるさい!」


 何の躊躇もなく彼の頭の上に薙刀が落ちてくるが。

 ――ガチン!

 アスファルトで舗装された地面に薙刀が突き刺さる。


「腕はそこそこ、但し。……人を殺すには、だいぶ気合がたんねぇな」 


 自分の耳元に、いきなり抑えた男の声が聞こえた制服の少女は慌てたが、もう後の祭り。

 彼女は、みぞおちに数発の衝撃を感じると息ができなくなり、身体も自由に動かなくなる。


「それに縮地や歩法が使えるのが自分だけ、なんて思わねぇこった。要らないケガが増えるもとだぜ?」  


 痛みはどうやら遅れて身体に伝わりつつあったが、その前に。


「それともうひとつ、良い事教えてやろうか。……みぞおちに軽くいいのをもらって即、気絶する。なんてのはドラマだけでな。実際は簡単にオチないし、痛いし、結構苦しい」


 その言葉とともに首筋に違和感を感じた彼女は。


「簡単なのは結局、頸動脈って事になる」


 ――これは。襟で首を絞められている……!?


 そこで彼女の意識は途切れた。

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