予言の火の玉

見鳥望/greed green

 今まで心霊やオカルト的な体験は一切してこなかった。

 だがたった一つだけ、今思い返してもあまりに不可解で奇妙な出来事があった。





 高校生の頃、夜二階の自室にいるとやけに窓の外が明るい事に気が付いた。明るいというか、夕焼けのように赤かった。

 なんだと思い窓を開けて驚いた。少し離れたどこかの建物から炎と煙が轟轟と立ち昇っていた。


 ーーうわー大惨事だなぁ。


 まさに対岸の火事といった感じで、他人事としてどこかで起きている惨劇を呑気に見物していたのだが、しばらく眺めていると”それ”に気が付いた。


 ーー何だあれ?


 アニメか漫画から切り取った一部を見ているような不思議な気分だった。

 もくもくと上がり続ける黒煙の頂点付近に、青い火の玉がふよふよと浮いていた。一瞬見間違いかと目を凝らしてみたが、やはりその姿形は火の玉だった。


 しかしその時はまぁ気のせいかとそこまで気にはしなかった。

 まさかこの時、これがまだ続くだなんて思いもしなかった。




 それからしばらく経ったある日、少し離れた街中を昼間歩いていると小さな雑居ビルが目に入った。そのビルの真上にあの青い火の玉がまた浮いていた。

 まさか二度目があるとは、ましてや前回は夜だったがまさか真昼間にまた遭遇するだなんて予想だにしなかったので、思わず見た瞬間「え?」と声が漏れてしまった。

 はっきりと見たものの、あんなもの気のせいだと思っていた。しかし今まじまじと見てもやはりそれはれっきとした火の玉だった。


 不思議に思いながらも僕はその場を立ち去った。だが後日友人から恐ろしい事実を聞かされた。


「最近さ、近くで火事があったんだよ」

「え、マジで?」

「ほら、これこれ」


 スマホに映された記事と写真を見て心臓が飛び上がりそうだった。

 火事のあった場所は、あの火の玉が浮いていた雑居ビルだった。


 ーーこれってもしかして……。


 嫌な想像がどうしても頭に浮かんだ。偶然かもしれないが、あまりに荒唐無稽過ぎる。

 ここまではその見た目からどこかコミカルなものとして見ていたが、僕は少しこの火の玉に恐怖心を抱くようになった。

 

 ここで終わってくれれば良かった。だが三回目の遭遇でいよいよ抱えた恐怖心が確たるものとなってしまった。


 


 家族で他県に旅行に出かけた際、見知らぬ土地を歩いていると2.3階建てぐらいの小さなオフィスビルがあった。

 そのビルの上に、あの火の玉が浮かんでいた。


 嘘だろ。何でこんなところに。楽しい旅行で嫌な物を見てしまった。

 気にしない気にしないと、旅先の思い出でその事実を塗りつぶした。

 だが旅行から帰ってきた数日後、特に真剣に見ているわけでもなかったテレビのニュース番組から、


『……で火事がありました』


 そんな報せが聞こえた。

 あれからというもの火事という単語に少し敏感になっていた事もあり、思わずテレビの方に見入った。

 映し出された画面を見た時、もうこれは偶然ではないと思った。

 燃えていたのは、あの旅先で見たビルだった。


 ここまで来たら僕がどんな事を考えたか想像に難くないだろう。

 

 ”あの火の玉が出る場所では必ず火事が起こる”


 二度ある事は三度ある。三度も続けば偶然では片付けられなくなる。

 僕はいよいよ恐怖した。それは決められた運命からは逃れられないといったような強烈な呪いに近かった。

 何より僕が恐怖したのは、もしもあれが僕の知り合いや友達、もしくは自分の家の上に現れたら。考えただけで気が気じゃなかった。


 ーーもうあんなもの見たくない。


 それから僕は二度とあの火の玉と再会しない事を祈りながら日々を過ごした。





 

 祈りが通じたのか。それからしばらく火の玉を見かける事はなくなった。

 時は色々な物事を解決していく。次第に僕の中の恐怖心は薄れ、火の玉の記憶も自然と日常の中から剥がれ落ちていた。

 だが最後に火の玉を見てから半年後、思わぬ場所でまた僕はそれを見てしまった。



 その日僕は地下鉄に乗っていた。目的地の駅に着きホームへと降り立つ。

 改札へと向かう最中だった。すっかり忘れ去っていたあの火の玉が現れたのだ。

 僕は唖然としてその場で固まってしまった。

 恐怖心。もちろんそれもあった。だがそれよりも強烈な感情があった。


 ーーどういう事だ。


 意味が全く分からなかった。明らかに今までのパターンと違い過ぎたからだ。

 向かいから30代ぐらいの男性が歩いてくる。全く見知らぬ他人だ。

 その男の頭上に火の玉が浮かんでいた。


 訳が分からなかった。今まであれは建物にしか現れなかった。そしてその後必ずその場所で火事が起きた。

 だが今回は違う。対象が人間だった。


 あの男の人が燃える? それとも彼の家が燃える?

 何にしても恐ろしい想像しか出てこなかった。見知らぬ男を僕は口をあんぐりとしながら見ていた。当然の反応だろうが少し怪訝そうな顔でこちらを見られた。

 さすがにそこで一度目を逸らしたが、すれ違ってから再度彼の方を振り向くと火の玉は彼に着いていくように頭上に漂ったままだった。


 心臓の鼓動が早まったまましばらく引かなかった。

 今度は何が起きる。どうなってしまうのか。彼の後を少し追いかけたい気持ちに駆られたが、まさか「頭の上に火の玉が浮いているので気を付けてください」なんて言うわけにもいかない。

 結局何も出来ずただ僕は彼を見送る事しか出来なかった。




 その日から気になって仕方がなかった。彼は大丈夫だろうか。

 心配した所で彼がどこの誰か分かるはずもなく、ただ悶々とした日々を過ごした。

 どうか無事であってくれ。僕は祈る事しか出来なかった。


 しかしそれから数日後、思ってもいない形で僕は答えを知った。

 その答えはまたもテレビのニュースだった。いくつかのニュースが流れていく中で、火事のニュースが報じられた。思わず身体が反応し画面を見る。それはとある一軒家が火事で全焼したというものだった。


 ーーあぁ、もしかしたらこれが彼の……。


 火の玉の魔の手からは絶対に逃れられない。過去三度の経験から僕の頭の中には絶望しかなかった。見知らぬ他人とは言え、もしかしたら何らかの形で助けられたのではという後悔で僕は苦しくなった。

 その家に住む一家は残念ながら亡くなっていた。そして被害にあった一家の顔写真が映し出される。


 ーーあれ……?


 そこで僕の予想が外れた事に気が付いた。亡くなった一家の中に彼はいなかった。

 早とちりだった。火事なだけで僕は決めつけてしまっていた。何故そうと決めつけてしまっていたのか。これはあの火の玉とは関係なく起きた火事だったのだ。


 そう思おうとした矢先だった。


『火事は放火によるものでーー』


 放火。


『尚犯人はーー』


 犯人の顔が映る。

 そこに映っていたのは、まさしく地下鉄で見た頭上に火の玉が浮かんでいたあの男だった。



 言葉が出なかった。僕はずっと勘違いしていた。

 火の玉が現れる場所で火事が起こる。

 ずっとそう思ってきた。だがそれは少し間違っていたのかもしれない。

 

 あの火の玉は燃える場所ではなく、正確には燃える要因・原因がある場所を指していたのではないか。

 一つ目の家、二つ目の雑居ビル、三つ目のオフィスビル。

 あの場所自体に燃える何か要因があった。だから今からここが燃える。そういう事だったのではないか。


 そして四つ目。

 あれは、”この人間がこれからどこかを燃やす”

 それを火の玉は示していたのではないか。


 もし仮にあの時、「あなたの頭に火の玉が浮かんでいるから気をつけて下さい」と言っていたら、彼はどう思っただろうか。ただ単に頭のおかしいガキという解釈だけで済んだだろうか。

 ”自分が今からやる事をもしかしてこいつは分かっているんじゃないか”

 そんなふうに思ったかもしれない。


 どのみち全ては起こってしまった後だった。

 幸いな事にそれから数年が経過しているが、あれから一度も火の玉は見ていない。高校生のあの一定の時期だけに起きた出来事だったようだ。

 にしても、何故自分は急にあの火の玉が見えるようになったのか、全く持って意味が分からない。

 

 今でも心霊オカルトの類はそれ以外ないし全く持って信じてもいないが、これだけはいまだに思い返しても、あまりに不可解で奇妙な出来事だった。

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