(゚Д゚;)✕(> 0 <)=企画書

そうざ

(゚Д゚;)✕(> 0 <)=Proposal

 相変わらずのダンボール山脈は前回よりもまた標高が高くなった気がする。埃と黴と歴史の匂いを嗅ぎながら揺れる谷間を擦り抜けると、薄暗い電燈の下にうずくまるシルエットが姿を見せた。

「どうも」

 私が急に声を掛けても事務員は驚きもせず、机に突っ伏すような猫背を起こし、サンバイザーに隠れた顔をこちらに向けた。

 が、直ぐにまた身を屈めて言った。

「企画書ならその辺のダンボールに入れといて」

「何件待ちになります?」

「待つ必要はないよ」

「久し振りに会心の出来なんです。優先して受理して下さい」

「何だね、そのよく分からん理屈は」

 そう言いながらも、事務員は私の企画書を受け取ると、先に精査していた企画書の束を横に除け、天眼鏡越しに目を通し始めた。

 無言の静寂。

 それに耐えられず、私は問わざるを得ない。

「最近はどんなのが主流ですか?」

「何かと言えば『歩きスマホ』さ。捻りがない、芸がない、新鮮味がない。水の低きに流れ、人は易きに流れるという奴だ」

 精査を待つ間、私はその辺のダンボール箱を適当に開け、全く面識のない企画員達の手並みを拝見する事にした。

 確かに多くの書面で『歩きスマホ』の字が踊っている。やれ電柱に衝突寸前だ、やれ踏切内に進入だと、自業自得モデルは因果律に傾倒した小手先の感が否めない。


 他の企画書も似たり寄ったりだ。

《ブレーキペダルとアクセルペダルとを踏み間違え、飲食店の壁に――》

《無理な背伸びで荷物を下ろそうとしたら、棚の上から崩れ落ち――》

《サンダル履きで外出した際に突然の豪雨、タイル張りの歩道で滑り――》

《作業着から食み出したTシャツの裾が機械に挾まれ――》

《飲酒の後に入浴し、湯船で意識が遠退き――》


「そう言えば、昔は『簞笥の角に小指をぶつける』のが定番でしたね」

「あの頃もテーブルだの本棚だのと沢山の亜流を生んだ」

 残念ながら多くの企画員がに逃げようとする。一時期持て囃されたナントカの法則という奴もそうだ。共感に名を借りた凡庸性を金科玉条とし、煌めく独創性を蔑ろにする昨今の風潮は嘆かわしい。

 漸く私の企画書を読み終えた事務員が大きく伸びをした。まるで猫のようだった。

「こりゃ、受理出来んね」

「そんなぁ、あり勝ちな超常性バイアスは排除しましたよ、全て起こり得る事柄です」

「偶発性バイアスが強すぎるよ」


《旅先でホテル火災に巻き込まれて命辛々逃げ出したら母が危篤との連絡が来たので旅の日程を早めて帰ろうとしたところ航空機事故に巻き込まれたが九死に一生を得て病院に駆け付けたら医者の誤診で母はけろっとしていたので安心して帰宅しようとしたら道に落ちていたバナナの皮で滑った勢いで後方宙返りをして着地点が工事中でマンホールの蓋が開いていて下水道に落ちそうになったがクソデブだったので穴に嵌っただけで助かった丁度その頃旅先に巨大隕石が落下してあわや死なずに済んだ》


「今時の人界はこれくらいしなくちゃイノベーションは起きませんよ」

「過激なイノベーションは寧ろ新たな不確定要素バグを生み、引いては人界そのものの破滅に繋がる」

「貴方は単――」

 ――なる事務員に過ぎないでしょう、と言いたかったがめた。一事務員如きの裁量は高が知れている。人界民に、成るようにしか成らないと事くらいしか出来ない。事務員を責め立ててもせんない事だ。

「簞笥の角に小指をぶつけるという不確定要素を回避する抜本的解決方法は?」

「箪笥を置かない事」

「解ってるじゃないか」

「じゃあ、別のを提出しますよ」

「何だ、用意が良いな。まるで却下されるのを見越してたようだ」


《風船ガムを極限まで膨らませたら破裂したガムが口と鼻とを覆い、危うく窒息するかと思った》


「ふぅむ……受理はするが、やけに無難だね」

「だって、それが人界ってもんでしょう?」

「そうだな」

「それじゃまた」

「あぁ、それから」

「何か?」

「企画書に絵文字は厳禁。ちゃんと〔ヒヤリ×ギャット〕と書いて。小手先で目立とうとしない事」

「それが人界?」

「そうだよ」

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