阿闍梨を待ちながら
とりシング バドたろう
第1話 阿闍梨の外出
私は阿闍梨。だから阿闍梨餅を食べる。もぐもぐ。
いつも思うのだけど、ほのかに甘いお土産はいつ何時でもありがたい。同期のタマちゃん、ありがとう。お土産にアカデミー賞があるなら、私は彼女にあげようと思う。そしたらまたとびっきり美味しいお土産を旅先で買ってきてくれるに違いない。本当に素晴らしい友達だ。
阿闍梨餅の柔らかい皮の触感と粒あんのほのかな甘みが、私の視界をゆっくりと広げてくれる。窓から差し込む眩い明り。とうとう私の部屋にも朝が来たのだ。今日が最後の朝とも知らないで、窓の外では小さな鳥たちが楽しそうに歌っている。なんと素晴らしい終わりの始まりだろう。
残りの阿闍梨餅を頬一杯に詰め込むと、ふと小学生の時に飼っていたハムスターの事を思い出す。自分の寿命も知らずに懸命に回し車の中を走っていた、ジャンガリアンハムスターのハム・プリ男。プリ男から観るプラケース越しの世界は一体どんなものだったのだろう。全てが用意された小さな世界でプリ男は幸せだったのだろうか。もしかすると私も1000年生きる巨人から見れば、プラケースの中で甘いお菓子をむさぼる一匹のハム・プリ男なのかもしれない。
空想の世界から我に返ると、テーブルの上の鏡の中に目やにをたっぷりとつけた丸出しの人間の顔が見える。これが人間の本来の姿というのなら、私は人間が好きだ。しかし人間の社会はあまりにも厳しいので、目やにウーマンが生きていく余地などは無い。ああ無情。そんな悲しい業を背負いながら、ティッシュで目やにをぬぐい、独り鏡に向かい合う。
目元の陰影は月夜の影のように濃く、そして口紅は血潮のように紅く。しばらくするとあの目やにウーマンが幻だったかのように、鏡の中には一匹の獰猛な獣が現れた。鏡の中のニホンオオカミは舌なめずりをして、今日の獲物の味を先取りして楽しんでいる。このオオカミなら、きっと赤ずきんちゃんの村の住民も丸ごと食べられるに違いない。
髪の毛のセットを一通り終えると、今度はベージュの布でその獰猛なボディを覆いつくす。薄いベージュのタートルネックに、ちょっと濃い目ベージュのゆったりパンツ。そしてそのすべてを包み隠すベージュのコート。これこそが世を忍ぶ仮の姿、母性溢れるベージュウーマン。
しかしその足元を見てみよう。履き潰されて少し黒ずんだ白いスニーカーがベージュの布の下で静かにその時を待っている。あの人間どてかぼちゃもこのわずかな違いには気づくまい。
私はベージュの鎧の上にアイボリー色のマフラーをグルグルと巻いて、まるで僧兵のようにそっと玄関を後にした。もう戻ることの無い玄関に別れを告げて。
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