クロと茂

不知火白夜

第1話 はじまり

 むかしむかしある山に、黒いナニカがおりました。

 そのナニカは、黒くて、ぶよぶよしているかと思えば液体のように滑らかでもあり、もやのようにもなりました。

 特殊な性質を持ったナニカですが、基本的な大きさは、猫やうさぎ位の大きさで、周りには似たような性質のものはいませんでした。

 この山には多くの植物が生え様々な毛並みを持った獣たちが住んでいます。地を走るもの、地中に潜るもの、木に登るもの、空を飛ぶもの、様々ですが、彼等はそれぞれ縄張りをもち、狩りや採集をして生活しています。

 ナニカは、その中に自分も混ざろうと近づいた事もありますが、警戒され攻撃されました。『言葉』が通じるわけではありませんが体を震わせて唸り声をあげているのだから、好意的な反応とは思えませんでした。

 そんなことですから、ナニカは普段は獣たちに警戒されないよう靄のようになって漂い、周りに獣の気配がない時に弾力性のある塊に変化して、土や石をもそもそと咀嚼し、所謂『食事』の真似事をしていました。

 そんな生活の中で、ナニカは周りの獣達以上に恐ろしいものを知りました。

 ナニカは、いつものように石を咀嚼して食事の真似事をしていた時、二足歩行の、見た事のない風体の生き物がこちらを見ていることに気づきました。ナニカは、最初はそれが『サル』かと思ったのですが、サルにしては体の大きさも、顔つきも、何もかも違いました。サルの体は毛に覆われているのに、その生き物は頭部にしか毛がなく、他は毛ではないものに覆われていました。

 それはその地に住む人間の男性でしたが、ナニカはこの時まで人間を見たことがなかったので、あれはなんだろう? と疑問に思い、もっと近くで見ようと、体の一部を液体のようにしてから、人間の方へ伸ばしました。

 その直後、その男は目を丸くし顔を青くしたかと思うと、何やら叫びながらどこかに行ってしまいました。

 取り残されたナニカは、あれはなんだったのかと疑問に思いながら、体の一部を元に戻しました。

 そこから、ナニカにとってやや困る出来事が始まるようになりました。


 日が沈んで昇って周りが明るくなった頃、そういった不思議な生き物の群れが山にやって来ました。何やら大きな声を上げて、何やら大層な得物を持って、山の中を歩き回ります。

 周りの獣たちの話から、なんとかあれの名前は『ニンゲン』ということ、そして『ニンゲンは、黒い化け物を退治しようとしている』ことを知ったナニカは、ニンゲンに見つからないように隠れました。

 彼等は、悪意を持って山を荒らしました。木を切り倒し、獣を殺しました。

 ナニカは、よく分からないまま逃げ惑いました。

 ニンゲンによるそういった行動は暫く続きましたが、やかで頻度が減り化け物を退治しようという人達は姿を消しました。けれど、ナニカは、またそういうことが起こってはいけないからと細心の注意を払って、ニンゲンはもちろん、周りの獣にも姿を見せないようにしていました。

 周りの獣もこれにはほっとしました。ニンゲンが山に来て獲物を狩るのはよくある事でしたが、あのように群れで来て多くを狩られては困りものだったからです。

 それでもナニカは、山にやってくるニンゲンが何故自分を退治しようとしていたのか興味があったので、こっそりと遠くから眺めたり、ニンゲンに近づいたりしていました。最初は姿を現していることも多かったのですが、やはり攻撃的な態度を取られるため、靄のような姿で漂っている事にしました。


 それから、長い時間が経過しました。山は何回も何回も色を変え、周りの獣も増えたり減ったりと変化があり、山で時々見かけるニンゲンの姿も変わりつつありました。

 最初は、髪を剃ったニンゲンや笠を被ったニンゲン、『マゲ』というものを結ったニンゲンが多かったのですが、次第にそうでないニンゲンが徐々に増えました。『キモノ』と呼ばれるふりふりした袖のものを身に纏っていた人達が多かったのに、徐々に減りつつありました。

 それでもあの山は残っていたので、ナニカは、人の周りを靄のように漂い観察しては山に戻るという日々を過ごしていました。

 山にニンゲンがいることは相変わらずでしたが、ここ最近は減っている気がしていました。また、山のどこかに『ホコラ』と呼ばれる小さな建物が出来て、それに手を合わせているニンゲンをよく見かけるようになりました。ナニカにとっては、不思議なものでしたが、こういったものが出来てからは、ナニカを狩ろうとするニンゲンは見かけない気がしました。


 そんなある日のこと、ナニカは、小さなニンゲンに出会いました。それは、ナニカにとっての新たな変化の始まりでした。

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