聖女なんだなぁ せいじょ。

どか森。

第1話 はぁ、聖女なんですか?

「すなわち!貴方様こそが聖女様なのです!」

「おぉん…(感嘆)ほぁっ…(宇宙)」


 なんでこんな事になっちゃったのかなぁ。


 太陽の様な眩しい笑顔を浮かべるイケメン神父を前にして、スライムの粘液に塗れた私ことハリナはただただポカンと口を開けていることしかできなかった。

 

 …

 ……

 ………


 それは朗らかな太陽が差す午前の出来事。


「来週ぐらいには毛刈りしたほうがいいかなー」


 場所は私が生まれ育ったこのソンダケ村。穏やかな気候とどこまでも広がる青々とした草原、そして一帯を埋め尽くす白色は村の特産とも言える動物、オッサンシープたちによるものだ。

 この子達はいわゆる羊という生き物なのだけれど、普通のそれとは少し異なる特徴を持っている。

 一つは体のサイズが大きく、取れる羊毛の量がそりゃもう見るからに多いこと。体格は馬くらい?体毛の多さから遠目から見たら真っ白な毛玉にしか見えない。

 初めてこの村を訪れた人たちが一言目には「おいおいこの村では雲を飼っているのか(オーバーリアクション)!?」だなんて騒ぎ出すのはあるあるなのだ。

 もう一つの特徴はというとどことなく小太りのおじさんっぽい顔をしている点。

 初めてこの村を訪れた人たちが二言目には「全身もこもこコーデのおっさんが四つん這いで白昼堂々の羞恥プレイ(興奮気味)!!」だなんて騒ぎ出すのもあるあるなのだ。

 この村は定期的に訪れる商人に羊毛を売りつけ倒すことで主に生計を立てている。まあ、基本的には自給自足のこぢんまりとした生活をしている感じなんだけどね?


 ブラッシングしてあげていると、オッサンシープのうちの一頭がこちらに頭を預けて甘えてきた。私も子どもの頃はこの子達の大きさと顔付き、年下の上司に説教されている時みたいななんとも言えない表情のおじさん顔が苦手だったものだ。

 でも慣れてしまえばなんてことは無い。むしろキモ可愛いと言う類かもしれない。慣れって怖いね。気性は穏やかでモコモコと可愛らしい子たちばかりだしね。

 わっ!もう急にどうしたの?頭をぐりぐりと押し付けてきたりして?ほんと甘えん坊さんだなぁ。きゃっ!スカートを噛んじゃダメ!あっ、おいコラ腰ふってんじゃねぇぞボケぇ!「ンハァッ!」


「あっ!ハリナがまたオッサンシープいじめてんぞ!」

「戯れてる絵面が汚ねえエ◯漫画なんだよ!」

「羊しか相手いねぇんだから仲良くしろや」

「自分より大きな動物を蹴たぐりで一回転させるのは流石に人間やめてると思う」


 村の子供たちは今日も元気だ。


「どっセーーい!!!」

「ごばああああああ!!!!!!」

「わっしゃああああああああ!!!!!」

「ぐばっはあああああああああああああ!?!?!?!」

「WAAAAAAAANAAAAAAAAABEEEEEEEE!!!!!!!!!」

「ヤッダーバアアアアアアアアァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!」

「そしたらハリナのアネキが一人でその場所に行ってなァ

 ロケットランチャーをぶっぱなしてそのクソガキを木端みじんにしてもうたんじゃ」

「ロケマサ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 今日も今日とて村のクソガキ共を畑に植え植えしてやる日課を終えた私は花もときめき蝶もよさこい舞い踊る今が旬の16歳!キャピ!激カワ!艶のあるさらっさらの茶髪!ボンッキュッヴォン(突然のボイパ)!!な体つき!この村のアイドル(父からの確かな証言)!未だ世に出ていない美!


「「「「またの名を殺人ハリネズミ」」」」

「おやおや面白いことを仰りますねぇこのお馬鹿さん達は!!!」

「「「「ごめんさい!!」」」」


 ダバダバ逃げ帰るガキンチョ共の背中を眺めていると、背後によく知った人物の気配を感じたので、私は一本の草を口に咥えつつわざとらしく大袈裟にため息をついた。


「ふぅーーーーーっっ…近頃のガキは物を知らんけぇ困ったもんじゃのぉ。のぉエラソン、おめぇさんもそう思うじゃろ」

「さっきからキャラ変ってレベルじゃねえぞ」


 む、ノリが悪いぞエラソンくん。咥えた葉っぱを美味しく頂き、すぐ後ろに立っていた青年エラソンにジト目を向ける。なんだその引き顔は。草だって生きているのだ。私の小ネタの為に毟られた雑草くんの犠牲を無駄にはしないのだ。もぐもぐ。


「…知ってるエラソン?雑草という名前の草は無いんだよ?あとマヨが欲しい」

「なんの話だよ」


 この呆れ顔をした少し目付きの悪いそばかす顔の彼はこの村の村長の息子だ。名前はエラソン。村長曰く偉くなって欲しいからエラソンと名付けたらしい。センスが地獄だと思う。この村では数少ない私と同い年の幼馴染でもあるのだ。

 熱い視線を向ける私に対して彼は、何だよと言わんばかりに悪い目つきを殊更に悪くする。


「あんた畑仕事は終わり?」

「おう。親父もうるせえしな。さっさと片付けてきた」


「そっか」と相槌を打ちながら私たちは木陰で腰を下ろした。汗に濡れた顔を拭いつつ、腰から下げた水筒を手に取るエラソン。日差しは強いけど、優しい風が吹いていて気持ちがいい。

 少し離れたところでは、村の愛すべきクソガキたちがわいわいと冒険者ごっこなどと遊び散らかしている。


「昔はあんたも冒険者になるなんて言ってたのにねぇ」

「あ?なんだ急に」

「いや〜なんとなく思い出に耽ってみたり?」

「はっ。ガキの戯言だったんだよ」

「今でもこっそり素振りしてるくせに」

「ぶっ!!?な、なんで知ってるんだよ!」

村中奥方井戸端会議ローカルエリアネットワークの力を舐めてはいけない…」

「ぐぅぅ〜………くそババァどもぉ!!!」


 恥ずかしそうに頭を抱えるエラソンくん。かっかっか!愉快愉快!

 赤い顔したエラソン(笑)がこちらを睨みつけてくる。おやおや八つ当たりかねぇ?


「ん、んなこと言ったらお前は聖女サマになるんだ〜って鼻水垂らしながら言ってただろ!」

「はっはっは!それがどうしたのかな〜?あんたも言ってた通りたかが子どもの頃の夢!!その程度じゃこのハリナは倒せませんぞ〜?」

「は〜そうですか〜!『聖女ハリナ救世譚:美貌の聖女と大いなる陰謀』とか自作の激痛ポエム作っててもノーダメなんですね〜!!」

「なななななななな何を言ってりゅかわかわかわか…なんで知ってるのさぁ!!」

「お前の母ちゃんから聞いた」

獅子身中の虫おかあさんのおしゃべり!!!」


 やいのやいのわいわいと、談笑しつつ終いにはエラソンに雪崩式ブレーンバスターを喰らわせたところで、私たちはふと村の異変に気がついた。


「なんか…エラソンの方が妙にざわついてない?」

「あ?…そういやそうだな。親父のやつまたなんかやらかしやがったか?」

「行ってみよっか。前みたいに街でキャバクラ行き倒してたのがバレたのかな?」

「母ちゃんが血祭りに上げたやつな。あん時は魔王でも攻めてきたのかと思ったわ」

「わはは、十字架に吊るされてね」

「あぁ。…なぁ、おいまた忘れたのかよ帽子」

「あぁそうそう。ついね」

「しゃーねぇな。オレのでも被っとけよ」

「汗臭いんじゃないの」

「うるせ」

「わぷ…もう!って何?あれ」

「あん?…馬車だよな。いつもの行商のとは、違うな」


 エラソンの言う通り、定期的に村を訪れる馬車とは雰囲気が大きく異なる物だった。通常、行商の馬車は馴染みのある同じ商人ばかり。うちの村の羊毛と取引している商会の馬車は一目でわかる印がある。それが無いと言うことは別の商会、もしくは個人が新たに取引を持ちかけてきたか、と考えるところだけど今回の馬車は装飾から明らかに違った。

 光沢のある神々しいくらいの白の外装は、汚れひとつない。遠路はるばる本当に村まで走らせてきたのか疑わしい程に傷も汚れも何一つないのだ。

 そのすぐ近くで、エラソンパパこと村長が一人の白い神父服の男性と会話していた。あれがお客さんかな?

 周りには野次馬がわんさかしている。娯楽が少ないからね。しょうがないね。


「村長ずいぶんヘコヘコしてるね」

「権力に弱いからな」

「腰が」

「んなわけねえだろ!」

「まあ、それはおいといてあの人。ずいぶん顔が良いねえ」

「…そうか?どことなく胡散臭くねぇかあの笑顔」


 なんか急に機嫌悪くないエラソン?どした?ぽんぽん痛い?



 ギュンッ!!!


 村長と話をしていた神父さんが首を180度回転させて私たちの方を向いた。めっちゃ笑顔で。

 こわ。ん?180度?人間やめてないですかね。


「おやぁ」


「おやおやおやおや」


「そこに居られましたか」


 体も180度回転させてこちらを向いた神父さんが歩き始めた。

 村のみんなをかき分けて一直線にこちらに向かって来る。


「…おい逃げるぞ」

「え?なんで?」

「あいつ目ぇキマってんだよ。ああいう類は捕まるとろくな事にならねえ」

「わ、わかった」


 …って。走り出して思ったけれど…。


「こんな草原ばっかの村の中でどうやって撒くのさ!」

「あぁ!?知るか!見るからに温室育ちのボンボンってツラしてっから、ちょっと走りゃあいつもへばるだろ!!そのうちに適当なとこに身を隠すんだよ!!」

「つまりは考えなしか!」

「うっせぇ!!」

「うるさいって言ったやつがうるさいんですーーー!!!」


 ぎゃいぎゃい揉めながらも足は止めない。

 チラリと後ろを見てみれば、神父さんがものすごい綺麗なフォームで走ってきていた。めっちゃ笑顔で。見なかった事にしよう。

 しかしこのまま走ってもキリが無いのは事実。

 私はエラソンの袖を引っ張った。


「あっち!」

「あ?…そう言うことか!」


 目的地を決めた私たちはひた走る。行く先は先程まで私たちが休んでいた場所のすぐ近く…


「いた!!クソガキッズたち!!!あのお兄さんは遊んでいいお兄さんだよ!」

「なんだよ殺人ハリネズミ!」「げ!エラソンもいるー」「遊んで欲しいのかよー」「うわアベック(死語)だー」「ハネムーン(死語)だー!」「ヒューヒューお熱いねぇ!」「ん?…おいちょっと待て今」「ああ言ったよな?」「…だよな」「なぁハリナ姉ちゃん…今」


「「「「「「遊んで良いって言ったのか」」」」」」

「よかろうもん!!」


 ギョンッッッッッ


 クソガキッズたちが一斉に神父さんの方を向いた。


「HAHAHA!子どもたちも大人同様娯楽に飢えているの!見知らぬ土地からやってきた客人なんてまさに格好の餌!貴方は今飢えた猛獣たちがいる檻に囚われたのよ!!」


 ドン!!!


「なんだ今の効果音。幻聴か?」


 エラソンうるさい!今いいところなの!

 目をギラギラ光らせた子どもたちが全身をうずうずさせながら神父さんの前に立ちはだかった。


「ふぇふぇふぇ…行きなさい愛すべき子どもたち!その無尽蔵の体力であの神父さんが丸三日くらい筋肉痛になるレベルで遊び尽くしてあげなさい!!ヒェーッヒェッヒェッヒェ!!!」

「「「「「イーーーーーーーーッッッッ!!!!!」」」」」

「オレらが悪役なの?」


 エラソンうるさい!!今殊更にいいところなの!!

 飛びかかった子どもたち。あっという間に神父さんが肉塊に…じゃなかった神父さんの全身に子どもたちが纏わり付き身動きが取れなくなる。よくやった!そのまま爆発してくれてもいいぞ!


「さようならハリナ姉ちゃん…どうか死なないで」

「やめろーーーーっ!!!!キッズーーーーーっ!!!!!!」

「茶番をやめろ茶番を!!…どうだやったか!」

「それやれてないやつ!」


 エラソンがフラグビンビンのセリフを吐いたところで、子どもたちに飲み込まれつつある神父さんがやれやれと首を振った。


「残念ですがこの程度の拘束で神父の歩みは止められません。…しかしながら無理に振り解けば、迷える子らを傷つけてしまうやもしれない。なればこそ見せて差し上げましょう」


「…時として、祈りの時間に退屈したお子が癇癪を起こすことがあります。そんな時、必要となるのがこの技。とくと味わいなさい。…神父式光速こちょこちょ!!!!!!!!」


「…!!し、神父が何か叫んだらガキンチョどもが一人残らず昏倒したぞ!!それをわざわざ怪我しないように一人一人ゆっくりと地面に寝かして…一体なにがあったって言うんだ!」

「見えなかったというのかねエラソン…。しかしこの私でも全ては見切れなかった。あの男、あの一瞬で子どもたちの弱いポイントを見極めて一人一人的確にこちょこちょしたのだ。くすぐりとは回避不能の笑顔を引き出し、対象の体力を著しく奪ってしまう…。恐るべきはその眼力とそれを可能にする身体能力か…。実に恐ろしい、しかして尊敬に値する男よ…!」

「解説・リアクションともにどうも。では鬼ごっこを続けましょうか」

「くっ、余裕綽々だし遊ばれてねーかオレたち!!」

「自分で言うのもアレだけど私たちもノリがいいね!!あ、思いついたよエラソン!あれ出してよ持ってるんでしょあれ!」

「あれってどれ!」

「『にゅるり♡気高い美熟女お嬢様、恥辱の踊り子転職♡なんと破廉恥スライム堕ち♡♡♡』」

「おうあるぞ!…は?」

「『にゅるり♡気高い美熟女お嬢様、恥辱の踊り子転職♡なんと破廉恥スライム堕ち♡♡♡』」

「2回も言わんでいい!なんで今その話になる!?てかなんで知ってる!?誰情報だよ!」

「肌身離さず持ってるってあんたの妹から聞いた」

「殺してくれ!」

「あんたの母さんも井戸端してた」

「オレは今この世の恥だ!」

「お気持ちお察しします」

「うるせぇぞ神父!!!」


 あはは、うふふ、と泣きながら笑っているエラソンに恐怖を覚えつつ、腰元をゴソゴソして件のえちえち本(瓶詰めスライムローション(内容量500ml)付き・初回限定版(えちえち踊り子衣装入り))を取り出す。いくら親に見つかるのが嫌だからって持ち歩くなよな。しかもバレてるし。…うっわおっぱいでっか。性癖おわ終わり。瓶だけ取ってっと本はいらないからポイーで。


「あぶねえ捨てんな!!勿体無い!」

「そんなん無くたって私がいるでしょ!」

「えっ…(トゥンク)」

「嘘だよぶぁーーーーーか!!捥げろ!!」

「し、知ってっしーーー!!!オレもハリネズミは守備範囲外ですーーー!!!!」

「後で蝶々結びにしてやるからなぁ…!!「何を!?」ごめんなさい神父さん!くらえやおら!!」


 足元を狙ってスライムを撒き散らす。「まだ使ったことねえのに!」、やかましい!

 お、クリティカルヒットぉ!!ごめんなさい神父様!悪気は無いんです!ヒャヒャヒャ無様にすっ転べんで間抜けヅラ拝ましておくれやお兄ちゃぁんっ!!!


「ウケケ!転ばねぇよーに精々神さんに祈っておきなァ!」

「オレお前が怖いよ」

「おっと!ふむ…スライムですか。悪くはない。しかして悪手です。相手が私であったことが運の尽き!!トランスフォーーーーームッッッ!!!!」


 ウィーン!ガショーン(幻聴)!!ウィーーーン!ガショーーン(幻聴)!!!


 し、神父さんが突然ジャンプしたかと思うと唐突な形態変化を!?なんと整ったランニングフォームからあっという間にコンパクトなDOGEZAスタイルに!


 なにこれ??


「なにあれ??」

「知るかーーー!!!」

「とくと見よ!新感覚懺悔スタイル『土下懺悔どげざんげ』!最早この私を止められるものなどどこにもいません!!」

「スゲぇ!!あいつ土下座でスライディングしてくる!!」

「なにそれ!?」

「はっはっはっはっは!!!!」


 やばい。スライディング超早い。直線ではどうにもスピードで負ける。このままでは追いつかれるのも時間の問題だ。ならば、とエラソンと視線で会話する。

 お次に向かうは最後の策。これで無理ならどうしようもない。戦闘すら辞さない。「それは辞せよ」なんか血が滾ってきたなぁ。


「おい」


 エラソンが耳打ちしてきた。…え!予想もしていなかった提案に目を見開いてしまう。


「でも、」

「やるしかねぇだろ」


 …わかったよエラソン。意を決する。目的地が見えてきた。


「む?あの白い塊は…」

「来た!行くよエラソン…!」

「あぁ!」


 二人でオッサンシープの群れに飛び込んだ。

 馬ほどの体格に全身を覆う白の体毛。来週中には毛刈りをしようかと話していた、モコモコ具合は今がピーク!群れに紛れて仕舞えば、最早それまで!といった具合なのだ!


「これはこれは…!困りましたねぇ」


 神父さんの声だけが聞こえる。モコモコをかき分けて必死に撹乱することに努める。群れの数は約80頭。上手くやればそうそう見つかることはない。

 でもこの神父さんのことだ。油断はできない。やれることはやるしかない。


……

………


「はぁっはぁっ…!」

「捕まえましたよお嬢さん!!」


羊毛の中から手を掴まれた。

振り解こうとするが離れない。見た目からは想像もできない力だ。

こ、ここまでかっ。


「あぁ、捕まってしまったー(低音)」

「む。あなた…」

「オレだよコラぁ!バァカ!捕まったのはお前なんだよ神父サマ!」


 残念ハズレ!捕まったのは女装したエラソンだ。本当ならオッサンシープに紛れて逃げ切れたら最良だったんだけど、神父さんの身のこなしからして捕まることも考慮していた。

 そこでエラソンが出した案が衣服の交換。

 群れに飛び込んですぐに咄嗟に着替えたのだ。エラソンが私のワンピースを着て麦わら帽を被る。そして私はエラソンの…


「なんだあのえちえちな踊り子衣装は!」

「つい興味本位で」

「ば、バーカ!バーーーカ!!」

「く、離しなさい青年。私は彼女を追わねば」

「離さねえぞコラぁ」


 私が伝授した腕ひしぎ十字固めを神父さんにキメるエラソン。決まってる決まってる!ありがとうエラソン!その犠牲は忘れない!棺桶にはえちえち本を入れ倒してあげるね!


 …

 ……

 ………


 踊り子姿のハリナの背中が小さくなっていくのを見送りつつ、オレは神父の腕を離さないように必死に食らいついていた。

 神父はというと、ハリナの背中を見つめながら何やら小さく呟いている。


「…あぁ、行ってしまう」

「へっザマァ見さらせこの野郎」

「いけませんねこれは。非常に良くない。お遊びに付き合ったのが非常に良くない」

「なにブツブツ言ってやがる」

「糞に付き合う義理は皆無だったと言ってるんだ」

「!?」


 オレの意識はここで途絶えた。


 …

 ……

 ………


 はぁ…はぁ…


 なんとか私は家の近くまで戻ってきた。とりあえず家の中に隠れて、みんなには誤魔化してもらうしかないと思うのだけれど…。エラソン大丈夫かな。逮捕とかされないよね?うちの村のお爺ちゃん神父に説得してもらえないかなぁ?年の功とかでなんとかならない?

 これからのことに頭を悩ませながらドアノブを手に取る。


「ただいま〜…」

「お帰りなさいませ。お待ちしておりましたよお嬢さん」


 神父さんがニコニコ笑顔で私を出迎えたのだ。

 椅子に座り、私の家族と村長も交えて仲良くお茶をしていた。


「な、な、な、なんで!?」


 後退りすると背中にぶつかるものがあった。

 振り向くと…


「エ、エラソン!」

「………」


 無表情のエラソンが私の肩を抑える。一体どうしちゃったっていうの!?

 えちえち踊り子衣装の私の生肩に触れながら、そんな無表情を貫けるというの!?

 ま、まさかこれが噂の賢者タイム…?

 ぼんやりしているエラソンに気を取られ気が付かなかった。こちらに近づく靴音にまた振り返ると、眼前にはスッと身なりを整えた神父さんがニコニコ笑顔を絶やさずに立っている。


「お迎えに上がりました聖女様。貴方様こそ救世主。ジョルスキヌス十二神教信徒一同を代表して、心の臓からの忠誠を」


 おぉ…???

 今日イチの?が頭の中を埋め尽くした。

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