Shark in the lake ーそれなりに浅い湖の底からー

黒井羊太

サメがせめてきたぞっ

「あ~、いいところね、芦ノ湖。来てよかったわぁ。ね、そう思うでしょ?」

 薄着の女性がもう一人の女性に問いかける。もう一人の女性は呆れた顔をしながらも返事をする。

「そうね。神奈川県南西部に位置し、東京からもアクセスが良く、避暑地としても有名。実は湖と言いながら二級河川でもあり、箱根駅伝の舞台としても有名、でしょ?」

「あら、すっかり覚えちゃったのね」

「あなたが何度もこう言いながら私を連れてこようとするからでしょ」

「そうね、うふふ」

 二人は笑いながら人気のない湖畔を歩く。

「あら?」

「どうしたの?」

 ふと湖面を見つめて一人が止まる。

「さっき、何かが動いたような」

「えー? 魚じゃない?」

「かもね! 行こ行こ!」

 二人はその場を後にする。

 しかしこの後二人を見た者はいない。


「芦ノ湖に近づいてはならない!」

 狂気を瞳に湛えた老婆が、狂気に満ちた服装で喚いている。いつもの光景だ。

「ばあさん、またサメの呪いってやつかよ」

 男が冷やかす。その男をギロリと睨みつけ、老婆が言葉を続ける。

斯様かように外来魚を入れ続けた結果、主様がお怒りになられているのだ。それが何故分からぬ! 今にも主様は飛び出して、人間を食べようとしているのだ!」

「どこにいるんだよ、その主様ってのは」

 大げさに見渡す素振りをする男。キョロキョロと見渡し、何もいない事を証明して見せようとしていて、ぴたっと止まる。

「……なあ、あんなところにあんな岩ってあったっけ?」

「岩……? 芦ノ湖には遊覧船が運航するほどだ、湖面に岩など……」

 老婆は言いながら固まってしまった。”それ”と目が合ってしまったのだ。

「ぬ、ぬぬ、主様だ!!!」

 叫んだ途端、身の丈数十メートルの主様が飛び掛かり、二人を食べてしまった。


 ここは政府対策室。芦ノ湖に出現した巨大なサメの対策に追われていた。

「あれでは映画の中の怪獣ではないか」

 総理が頭を抱えた。これまでのキャリアの中で様々なシミュレーションをレクチャーされてきたが、怪獣との対決は一度も受けた事はない。ぶっつけ本番だ。

 巨大なモニターに映し出されるのは、常軌を逸したサイズではあるが間違いなくサメ。体を湖面から半分ほど出し、何かに対して明らかな敵意を向けている。

「サメって普通淡水にはいないんじゃないの?」

「そうは言いましても総理。ああしている訳ですし。チョウザメやオオメジロザメなど、淡水でも生きている事例はあります」

 総理の隣に控える秘書が淡々と答える。

「チョウザメはサメじゃないけどねぇ」

「そんな豆知識は結構です。総理、ご決断を」

 秘書はそう言いながら、一つのボタンを総理の目の前へ差し出す。

「これ押したら? ミサイルがじゃんじゃか飛んでって? あのサメをあっという間にやっつけるって事?」

「その通りです、総理」

「で、その後責任を取らされて? 僕はクビになるの?」

「その通りです、総理」

「やだー!! ようやくここまで上り詰めたのに!!」

 子どものように駄々をこねる総理。

「総理、大丈夫です。あなたの代わりなんて幾らでもいます」

「それは大丈夫なの?」

 などと話していると、ズズン、と地鳴りが響き渡る。

「地震?」

「いえ、そんな感じではないですね。これは……何か巨大な物が動いているような……」

「君ね、あのサメじゃあるまいし、この東京で一体どんな巨大な物が……」

 総理の言葉を遮るように、部下が一人執務室に駆け込んでくる!

「総理! 大変です! この東京に……巨大なサメが! いや、あれはサメなのか……サメじゃないような……サメって何だ……!?」

「落ち着き給え。巨大なサメがそうそういてたまるか。芦ノ湖の個体はまだあそこにいるだろう?」

 総理は落ち着き払ってモニターに映し出されたサメを指さす。確かに奴はそこに居る。

 しかし部下は首を横に振って言葉を続ける。

「いいえ、総理。あれとは別固体です。明らかに別物です。こう……足とか生えてるんですよ。毛とか」

「……それってサメなの?」

「さぁ……」

 状況は混乱した。


「とにかく、だ」

 総理は仕切り直した。

「芦ノ湖の個体を今後『アッシー』と呼称する。東京に現れた謎の個体は上陸地点から『スミダモン』と呼称する。いいな」

「はっ!」

「では速やかにスミダモンをアッシーの元へ誘導せよ! 方法は問わん!」

 場はざわめく。てっきり自衛隊で何とかするものだと思って身構えていただけに、総理の提案は驚きだった。

「しかしそれでは解決にならないのでは?」

「あたら兵を失う訳にはいかん。それにほら、アッシーの方は恐らくスミダモンに敵意を向けている。潰し合ってくれれば人類の勝利だ」

 言われてみればその通りだ。

「では作戦の指揮は幕僚長に一任する。よろしく」

「はっ!!」


 こうして日本で一番か二番目に長い一週間がスタートしたのだった。



 誰もいない場所で、全てを眺めている人物が一人。

「ひっひっひ。我が計画は順調に進行している。全人類への復讐の日は近い……」

 闇に一つの人影が消える。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Shark in the lake ーそれなりに浅い湖の底からー 黒井羊太 @kurohitsuji

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ