第二章 ~募る不安~ 1
初仕事を終えて帰った時、ささやかな歓迎会が行われた。
「普通歓迎会って来たその日か遅くても次の日にはやるもんじゃねぇの?」
「来てすぐに仕事に入ったからな。それに今年はうちに誰も来るとは思ってなかったから準備なんて全くしてなかったしな」
食堂で行われたこの歓迎会。料理がいつもより良い物を使っているのと入り口に〝フィルネ・アノール様ご歓迎〟の文字が飾られ、内装に少し手を加えたものでしかない。
しかし、必ずしも派手にやったからといって喜ばれるものでないのが騒ぎ物の特質である。特にそういうことに慣れてなく、しかも一人しかいないというときには料理にほんの少し加えられた調味料ぐらいの方が良い。
おかげでフィルネも畏(かしこ)まることなく心から楽しむことができた。
「こんにちは。私のことは覚えていますか?」
「ビュアネさん」
彼は飲み物を手にゆったりと歩いて来た。
「それはよかった。前は少ししか顔を合わせていなかったので覚えていられるか不安だったのですよ」
仕草の一つ一つが優雅だが嫌味な感じが全くない。彼の持つ人徳のおかげだろう。
「どうです? 前に集まったときの半分もいませんが前の集まりで来られなかった者もいます。この機会に交流を多く持った方が良いですよ」
「ありがとうございます。でもまずはこうして来てくれた方(かた)との親交を深める方を私は優先します」
「それは……良い心掛けですね。あなたは本当に温かい人だ。この様子なら私が心配する必要もありませんね。あなたの元に自然と人が集まってくるでしょうから」
それから他愛の無い話――仕事で出合った怪虫やどこでは怪虫よりも何に気をつけなくてはならないか――を話していたところ、何人かの酒に酔った男たちが近付いてきた。
「へへへ、今日の酒はいつもよりうめぇなあ。ほら、あんた達も飲みな。この酒は三十年物で変なアルコールが入れられてないやつだぜ」
「そうそ、最近のは三倍だなんだと水増しばっかでまともなのが出回ってねぇからな。この機会にしっかり飲むどかねぇと次はいつ手に入るかわかんねぇぜ。ほらほらぐいっと」
酔っている者特有の押し付けがましい親切に――言っていることはいくらかあっているところがあるとしても――二人は顔を顰めた。
「仕事が終わったばかりで気が緩んでいるのだとしても飲み過ぎですよ。それに彼女はいつ仕事が回ってくるか分かっていませんし私はすぐ仕事があります。残念ですがお酒の方は遠慮させていただきます」
できる限り相手を尊重した断り方だったがすっかり酩酊の域に入った者たちには無駄だった。
「てめぇ、人がせっかく言ってやったことに文句付けるたぁいい度胸じゃねぇか。その涼しい顔を俺が歪ませてやるよぉ」
「おうやっちまえ、やっちまえ。ケンカだケンカぁ。どっちかが打っ倒れるまでやっちめぇ」 仕事柄、気性の荒い者がそれなりにいるがここまで酷いものだったろうか。
ビュアネはここの先行きに不安を覚えつつ相手の挑発に乗ることにした。
「頭を冷やすには水を掛けるより眠らせた方が良いということもあります。あなた達は一人残らずぐっすりお休みさせて上げましょう」
「ダメ、ビュアネさんっ」
フィルネが止めに入るがビュアネはそれを押し退けた。その時に彼は知り合いに彼女を押し付けるようにした。
彼が挑発を受けたのは一つには主賓である彼女を彼らの目から離すことがあった。そしてもう一つの理由はここで終わらせなければ別なところで被害が出るであろうと予測したからだ。
酔っている相手に複数でも負ける気はしないが……確実を期すには一対一の方が都合が良いか。最初の一人をこれ(・・)で打ちのめして速やかに後ろにいる奴らも。
ビュアネはこの後仕事があるために携帯していた武器に手を伸ばした。
「がっ」
突然手の中に現れた剣の柄で頭を横から殴られ気を失う一人の酔っ払い。倒れるまでの間に一番近くにいたもう一人の酔っ払いも腹を殴られ気絶する。
「う、うわぁっ。こんなところでそんなもん出してんじゃねぇよっ」
残る一人の酔っ払いが後退(あとずさ)り転ぶ。その拍子に何人かがそれに巻き込まれた。
「く、来るなっ」
一緒に倒れた時に掴んだ女性の腕を引っ張り、体を引き寄せて片手で首を押さえた。
「あ、ああ」
運が悪かった。外の仕事をしている者なら自力で酔っ払いから逃げ出せただろう。だが捕らえられた女性は事務員だった。
怖がり、助けを求めることしかできない。酔っているせいで力の加減が悪いのだろう。思ったよりも強く首を絞められているようだった。
「く……」
思わぬ失態に自分の浅はかさを恥じた。
当初の計画ではあの後ロングソードにした調節剣(レギュレイト)を喉元に突きつけて降参したところを気絶させるか酔いの具合によっては二人を運ばせようと考えていたのだ。
「それ以上近付くな。こいつに当たるぞ」
錯乱しているらしく自分が首を絞めているのが誰かも確認していなかった。確認していれば開放していたという保証はないが事態は少しは変わっていただろう。弱い者を虐める趣味を持つ者はここで生きてはいられないのだから。
ビュアネは大人しく剣を捨てようとした。もう必要の無いものだ。むしろこんな物は自分の馬鹿さ加減を自覚させるものでしかないのを持っていたくなかったと言う方が強い。
けれども彼はそれをしなかった。正確には止められた。
目に入った一人の人物によって。
シース。本名不詳でその過去の一切が誰も知らない男――いや、まだ少年か? 彼がこちらを見ていた。いつもよりきつくした目で。
チャンスは、ある。あいつが、作る。
確信しかなかった。希望でも予想でもない。ただ分かった。
レイが誘っても一度も来なかった人が集まるイベントになぜあいつが来ているのか。そんなことは頭になかった。
なぜ不干渉をモットーにしているような奴が今回に限って手を貸すようなことをするのかも分からない。
あるのは事実。事態が打開に向かって動くということのみ。
「つまらないことをするな」
侮蔑も嘲笑も入っていない。ただそう思っているということを伝えただけの言葉。それでも周囲は驚きに顔をそちらへと向けた。
「はっ」
顔を向けた中に、あの酔っ払いも入っていた。ビュアネはその瞬間を逃さずにダガーからエグゼキューショナーズソードという斬首用の剣に変えた。別に本当に首を撥ねる気はない。これは切っ先が丸められているので突いても致命傷にはならない。
「ぐぶっ」
隠れていなかった半身の肩を突かれ、それと同時に顔面に拳が入った為に出た奇怪な声。
「ひでぇ」
「ありゃ死んだかもな」
「っつうか確殺だろ。殴ったのはあいつだぜ」
口々に今のを批評する者たち。その目には攻撃を受けた者に対する労りがあったが同情は一欠けらも存在していなかった。
「……シース」
ビュアネは今のを理解できていなかった。
しっかりと目に焼き付いてはいたのだがそれを頭が信じていなかった。
あの瞬間、ビュアネが飛び出すと同時にシースも飛び出していた。そしてまったくの同じタイミングでそれぞれの一撃を決めたのだ。
あれは僕に隙を作ってくれる為のものではなかったのか……。
ビュアネは何だか言い難い疲労が全身を包むのを感じた。
ああ、この後始末書とか書いて上司に怒られるんだろうな。
灰になった気分というのはこれに似ているかもしれない。
そう思ったビュアネであった。
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