オカルトなんて言わないで

高黄森哉

久保さん


 放課後になると、浦島くんの机に学生を観測することが出来ます。なぜならば、浦島くんは碩学で、色々な問題を大解決してくれるからです。今日は、四人の人間がやってきたようです。


「ねえ、浦島君。私、前世の記憶があるの。でも、大人たちはそんなの絶対に嘘だっていうんだ。でも本当なの。勘違いじゃなくて、本当に、そうなの」


 と久保さんは大人っぽい語調で、必死に主張します。あまりにも熱が入っているので、とても議論できるような状態ではありません。隣にいた、背高のっぽの青木君は、


「おいおい、大声で言ったって、それが本当になるわけじゃないだろう。論より証拠。それが本当な、証拠を提出しなよ」


 と諭しました。


「わかった。じゃあ、順を追って話すから。まず、私が前世の記憶に気が付いたのは、つい一週間前だった。家の蔵を整理するのを、手伝ったの。その時、ある金属片が落ちた。それで拾ったら頭に、その器具を使った記憶がよみがえったの。それは、ハミだったわ。そう、ハミよ」

「ハミってなあに?」


 と青木の、隣にいる安村さんは、尋ねました。


「ハミってのは、バグの一種」

「バグ?」

「馬に道具の具」


 ハミというのは、馬に噛ませておく、金属の棒です。


「そう。それで私は、青年で、馬に乗ってた。それで、このハミを馬の口にかぽかぽと装着したわ」

「えっ、久保ちゃんって、男の子だったんだ」

「前世ではそうだったのかもしれない」

「でも、心当たりがある気がする」


 安村さんは、納得しました。久保さんも、彼女の納得に、特に抗議はないようです。それどころか、確かに男勝りなところがあるな、といった風でした。


「それが、どう証明になるんだい」


 のっぽは、ぼんやりとした顔で、質問しました。

 

「私、ハミなんて知らなかったの。それなのに、ハミ、という名前と、その機能まで知っていた。これは、前世の記憶でしかないって」

「どこかで知ったんじゃないかい。例えば、テレビとか、新聞とかで」

「蔵で一枚の写真を見つけたの。それで、そこに写ってた青年が、まさに記憶の中での私だったんだけど、それはひいおじいさんだって。ひいおじいさんは、テレビなんかにでてないわ。絶対、前世の記憶なんだから」


 ずっと黙って聞いていた浦島君は、組んだ腕を解き、そしてなにか頷くと、久保さんに指をさして、こういいました。


「なるほど。つまり、それはひいおじいちゃんの記憶だね。ならば、超科学的に、ありうるかもしれない」

「なんだって。生まれ変わりなんて、科学的には、あり得ないだろう」

「いいや、青木くん。考えてごらん。昨日、理科の授業で、反復説を教えてもらったばかりだろう」


 反復説。胎児の発生は生物のあらすじをなぞっている、という仮説。つまり、受精卵という単細胞生物から始まり、それが、分裂を繰り返して多細胞生物になり、そして、魚のような形になると、それから、足が生えて両生類になり、つぎに、えらが消失、すなわち、上陸した姿になり、やがて、しっぽが消えて猿になる。


「そうだけど、それがいったいどうして前世の記憶につながるんだ」


 青木君は、手を天秤にして、お手上げを表現しました。


「発生説が、脳みそにも適用されると仮定するんだ。発生の過程で、脳みそが人類までの進化史を再生するならば、前世の記憶というのもありうるかもしれない。もちろん、ほとんどが消えてしまうけどね。だって、もしも、魚の時の記憶を持ち合わせていたら、不都合だからね」


 そんな人間は、陸では生きていけないでしょう。


「でもお。青木君は、泳ぐのがうまいからあ。魚の記憶が残ってんじゃない?」

「こら、安村。俺が原始的だって言いたいのか」


 ノッポは、背が低い安村さんのつむじをぐりぐりと押しました。肝心の彼女は、それがいいマッサージになると意に介しません。またそのツボには、成長が止まる効能がある、との噂なので大歓迎なのでした。


「でも直近の記憶は案外、残ってるんじゃないかな。遺伝子的に近いしね。つまり、ご先祖様の記憶。だから、ひいおじいちゃんの記憶が残存していたんだ」

「でしょ。大賛成。ほら、ね。私の記憶は間違ってないのよ。誰も信じてくれなかったけど。でも、浦島君だけは違うわ」


 彼女は、勝ち誇った顔で、教室に向けて、抗議しました。もちろん、放課後なので、ほとんどの生徒は帰っています。それでも大満足なのでした。


「じゃあね。私は帰るから」

「もう帰っちゃうのかい」

「どうして。じゃ、浦島君も一緒に帰る?」

「そうじゃなくて、ほら、他の奴らの悩みも一緒に聞いてやってくれないか」


 久保さんは、カバンをどさっと置いて、浦島君の目の前の机に座りました。


「わかったわ」

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