スタートは雨あがり
真留女
雨があがった
建物を出てしばらくは地面から2センチ浮かんでいるようにフワフワと歩いていた。ピチャッと足が踏み込んだ水たまりの音で我に返った。
あっ、来る時降ってた雨 あがってたんだ
見上げた空はスカッと真っ青、ビルのはざまだから虹は見えないけど私はそんなに欲張らないわ、だって13年ぶりに晴れ晴れ見上げる青空だもの。
そういえば傘… 忘れた… あそこのロビーだ。 あの傘高かったのよね
あの傘を買ったのは13年前、結婚式を挙げたホテルに台紙写真を受取りに出かけ駅に着いたらシャワーみたいな雨。目的のホテルは見えてるけど到底行けないし帰りに写真を濡らさず持って帰るなんて不可能。
その駅にはおしゃれなショッピングモールがあって、そこで竹の柄のついたオレンジの傘を買った。値段は気にしていなかった。
私の通帳には両親の親戚や知人からもらったお年玉や様々な祝い金がほとんどそのまま入っていて小さな部屋なら買える程になっていたから、お金について深く考えていなかったのだ。オットが「今月給料ない」と言っても「そっか」と言う程に。
オットの放蕩は底知らずで、〝借金〟は返さねばならぬと私はその尻ぬぐいに10年の月日と預金のほぼすべてを費やし、あのオレンジの傘を見ては〝よくこんな高い物買ったな〟と思えるようになる程 お金のありがたみを骨身にしみて学習した。
10年目のある日「いつか何もなくなったらどうするつもり?」と聞いたら「みんなで死ぬさ」と答えた「子供も?」と聞いたら「だって家族でしょ」って
オットが実家に行ってる間に鍵を変えて離婚を宣言した。
仲人も調停委員も義父や義姉までもが私の側に立ってくれたが、オットが薄っぺらい紙に名前を書くまでには3年かかった。
その紙を義父が届けに来て、私に90度のお辞儀をして詫び、私も義父には最敬礼で詫びたし、オットに署名させてくれた事に感謝もした。
その紙きれを、自由へのパスポートを出しに行った市役所のロビーにあの傘を忘れた。今ならあのままだろう 戻ろうか… あれ高かったしなあ… でも
戻りたくない あれは始まりの象徴なんだから 終わりには置いてこなければ
急に オレンジが薄汚れてきた そりゃそうだ13年使ったボロ傘じゃないか
歩き出そう前へ、この先に有名な天ぷら屋がある。今日はランチの天丼なら食べてもいいよね。だって、雨も上がって名前も変わった私の記念日だもん。
スタートは雨あがり 真留女 @matome_05
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます