マヂア=マジーク・モンド=モーンド

しろた

第1話 追試

 今日は待ちに待ったウィッシンブル魔法学園の入学式!

 私は三年間の寮生活に必要な荷物を全部詰め込んだ鞄を片手に、学園が入学生を迎えるために用意した馬車に乗り込む。馭者のいない馬車なんて、うちの男爵領にはなかったから新鮮だ。

 「まあ、魔法が使える人すらほとんどいなかったしー……」

 領主の父だけでなく、母も兄も、なんなら領民の九割が魔法より筋肉、力こそパワーな人ばっかりだ。劣悪とまではいかないが、あまりいい環境ではない中で力仕事ばっかりのこの男爵領で生きていくには、それは正解っちゃ正解だろう。

 しかし私は残りの一割の魔法を選んだ。そこに深い理由はなく、単純に自分には魔法のほうが向いていると思ったからだ。領民の中で数少ない魔法が使える人に教えてもらいながら勉強をして、結果として魔法学園としては名門中の名門に入学できたので、やっぱり向いているのだろう。

 「よーし、勉強頑張るぞ!」

 魔法の道に進むことを快く送り出してくれた家族、魔法のいろはを教えてくれた先生、そして今日という日を見送りにきてくれた領民。皆に感謝して、私は馬車の中で座ったまま拳を挙げてそう宣言した。

 いっぱい勉強して、ここに帰ってくる三年後には男爵領一の魔法使いになってやる!


 「と思っていた日が私にもありました~……」

 「その回想、追試のたびにやるのやめてくれん?」

 そろそろ聞き飽きたんだわ、と親友のカルロが迷惑そうに言う。

 意気込んで入学してから早半年、私は立派に勉学に励み、試験の結果は常に上位を走る優等生――ではなく補修と追試の常連になっていた。勉強をしていて思ったのだが、確かに私は力仕事よりも魔法のほうが向いていた。しかし別に魔法の才能があるわけでもなく、それどころか一般的に見ると普通よりもその能力は劣っていたようだった。なので学園の授業にはついていくのが精一杯。いや、補修追試祭りの時点でついていけてないのかもしれない。

 「だって自分が情けなくてぇ……どうしても言っちゃうのぉ……」

 今日は筆記試験の追試だ。言い訳をしながらとりあえず私は名前を書くと、一問目から問題文の意味がわからなくて頭を抱える。この教科の先生は優しくて、カルロと相談してやっていいと言われているが正直カルロがいたところでなにも変わらん。コイツは私より筆記ができない。

 「別に最終的に卒業できればよくね? 首席で卒業しようが、ケツの成績で卒業しようが同じだろ」

 だってカルロはこういうやつだから。つまるところ、カルロは真面目に勉強ってものをやる気がない。

 「いやっ……そっ……そうだけどぉ……」

 身も蓋もないけどある意味ド正論に、言葉を詰まらせる。確かに卒業は卒業だし、首席卒業は卒業式にスピーチをするけど、それ以外は普通に式に出るだけ。つまり卒業試験の順位なんてバレやしないのだ。カルロの家族は『男爵家次男の魔法使い』という肩書きよりも『自身で地位を築く騎士』になってほしいみたいで、それほど家族に期待はされていないようだった。かく言う私は家族に応援されているが、秀でた成績を修めるように言われていない立ち位置なので、何度も「それもそうか!」と開き直りかけた。けれどそのたびにあの日の決意を思い出し、何度も自分を叱った回数は数えきれない。

 「あ~、もうわかんないよ~」

 考えども考えども答えが出ないから白紙の回答用紙へ、この追試にはまったく関係ないうろ覚えの魔方陣を描く。適当に丸描いて、ミミズが這ったような線を描いて、円の真ん中に猫チャン。ちらりとカルロのほうを見れば、コイツは名前すら書いていなかった。いやいや、それぐらいは書けって。

 「まっ、適当に埋めてさっさと実技の追試に行こうぜ」

 今度は私が呆れ混じりにカルロを見ていると、カルロが誤魔化すように言いながら慌てて自分の名前を回答用紙に書いた。そしてさらさらと解答欄を埋めていく。しかしその迷いのないペンの動きが、微塵も考えてないことを示し、まじで適当に埋めてるんだな……ってことを私に理解させる。

 お前ら実技も追試食らってんのかって話なんだけど、そりゃもう私たちは全科目補修追試よ。筆記はだめでも実技は……なんてありきたりな奇跡は起きてないのだ。

 「半分は私がやるから、残り半分は見せてよ」

 私もどうせ考えてもわからないから、思い付いた単語を解答欄に書き込んでいく。追追試とか上等だし。次は教科書の持ち込み可を狙おう。

 「りょーかい」

 書く手を止めることなくカルロはそれだけ言うと、黙々と作業をしていく。それは私も同じことで、カルロとの会話をやめて回答用紙を埋めていった。


 とりあえず埋めただけの回答用紙を先生に提出をした私たちは、次の追試へと向かう。今度は実技で――

 「今回はダンジョン攻略だっけ?」

 「えっ? まじで?!」

 追試内容が書かれた紙をなくしちゃった私はカルロに尋ねる。するとカルロは大きな声でそう言った。

 「わからんから聞いたんだけど」

 読んだのは覚えてるんだけど、なんだったのか思い出せない。実技って言うぐらいだから模擬戦闘とか、それこそダンジョン攻略とかなのだろうが、後者ならポーションとかの回復薬の準備が必要だ。けれど私たちはなにも考えずに追試会場に指定された場所に向かっているため、普通に戦闘には向かない制服で、回復薬なんてなにも持っていない。歩いてる途中でやべってなったけど、ワンチャン模擬戦闘ということを願おう。

 「つっても追試の実技だぜ。ダンジョン攻略でもんなきちぃのじゃないだろ!」

 「……それもそうか!」

 少し考えたあと、私は笑って言う。カルロと「がっはっは」と笑いながら、私たちはのんびりと歩いた。


 「ダンジョン攻略じゃん!!」

 「しかもレベル三のダンジョンじゃん!!」

 なぁんて余裕ぶっこいてたら、先生から指示されたのはさっきカルロが言ったレベル三のダンジョンの攻略。私たちはそのダンジョンの入り口に立っている。奥の見えない暗いダンジョンが、その難しさを語っている。

 レベル三は攻撃魔法、防御魔法、回復魔法の三種の魔法が使える人間が挑む、ダンジョン攻略の練習場だ。練習場なら問題ない? いやいやそんなことはない。悲しいことに、私とカルロは攻撃魔法しか使えない。騎士になるように育てられたカルロは自分を守ったり回復したりする魔法を実家で教えてもらうことはなかったらしい。私はと言うと、住んでいた環境で実践的な魔法を身に付けていたら攻撃は魔法だけになっていた。入学して頑張って学べばいいんだけど、防御魔法と回復魔法は攻撃魔法と魔術回路がまったく異なり、とにかく覚えられない。攻撃魔法の魔術回路を思考の脳髄に叩き込まれてこの年まで生きてきた私たちには、今から新しい魔術回路を覚えるのはハードルが高すぎた。あとシンプルに頭悪いので無理。

 「で、なにしたらいいんだっけ」

 最悪ダンジョン内のモンスターの殲滅ならバチバチに攻撃魔法を展開すればなんとかなる。私はカルロに聞くと、カルロが深くため息を吐いた。

 「ダンジョンの深部にあるアイテムの回収」

 「はい無理ー! おつかれっしたー!」

 「行かせるかよぉ!」

 回れー右! して帰ろうとしたら、カルロに首根っこを掴まれて隣へ引き戻される。

 「シャ~ル~ル~、お前実技に関しては追追試のほうが厳しいのわかっててそれ言ってんのか?」

 次なんて無理のレベルじゃねぇんだぞ? とカルロが口の端をひくつかせる。

 「ちょっとした冗談だってぇ」

 私は口を尖らせて言うと、カルロは再びため息を吐く。冗談の通じねぇやつだな。だからモテないんだよ。そんな悪態を吐きそうになるのを、口をつぐんでぎゅっと耐える。

 「ほら、行くぞ」

 「はいはーい。炎よ、我にその輝きで道を照らしたまえ」

 私の首根っこを掴んだまま、カルロがダンジョンへと入っていく。私はカルロに引きずられなから、薄暗いダンジョンを進むために先生からもらった松明にぽっと炎を灯した。

 「足元気を付けろよ」

 なら手を離してくれないかな。そっちのほうがあぶねぇだろ。


 そして今、私たちは絶叫しながらダンジョンの中を走っていた。

 「い~や~! 助けて~!」

 モンスターが追いかけてくる! しつこい! カルロのほう行って! モンスターにぼこぼこに殴られて全身が痛い!

 そこは男のカルロが男爵令嬢の私を守るところだろ! って話なんだけど、カルロはカルロでぼこぼこに殴られていたため私を守るなんて到底無理なことだった。私とカルロは純粋な戦闘能力が低いわけじゃない。どちらかと言えばサシの殴り合いや剣の模擬試合ならば強いほうに分類される。それでもモンスターに歯が立たないどころかぼこぼこに殴られている、これがレベル三のダンジョンの難易度なのだ。防御魔法がないと身を守れないほどに強い攻撃をするモンスターで、回復魔法を使って適宜怪我を治さないと少しの傷で足をとられる。

 「回復! ヒール使え!」

 「使えねぇよ! 忘れたのかバカルロ!」

 どうやらカルロは相当混乱しているのか、私に使えない回復魔法を使えと言ってくる。私もカルロも傷だらけで、もう半泣き状態である。もうこれ以上走れない……。魔力は切れて追いかけてくるモンスターを攻撃することもできない。

 「あでっ」

 足がもつれて、顔から転んでしまう。あぁ、背後からモンスターが攻撃をするために腕を振りかぶったのが気配でわかる。避ける力も残っていない私は、せめてもで体を小さくして痛みに耐えようとした。

 「雷よ! 我が声に呼応しその怒りを落としたまえ!」

 するとカルロが雷魔法の詠唱をしたのが聞こえ、頭の上でボカン! と爆発音がしてぱらぱらと小粒のなにかが上から降ってきた。恐る恐る顔を上げると、鬼気迫る表情をして肩で息をしているカロルが真っ先に目に入る。カロルと目が合うと、カルロは走って私のもとへ来て、私を抱え上げた。

 「限界だ、帰るぞ!」

 「う゛ん゛。も゛う゛か゛え゛る゛~!」

 カルロの決断に泣きながら私は賛成する。そしてカルロは私を抱えたまま、来た道を全力疾走で戻っていった。


 ――生きて返ってきた、それで合格!

 制服も体もぼろぼろ、おまけに顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながらダンジョンの入り口に戻ってきた私たちを向かえた先生はサムズアップしてそう言った。先生の言ってることの意味がわからなくて、無事だったことを噛み締めながらお互いにしがみついている私たちは首を傾げるばかりだった。

 合格? 今回はこれで終わりなの? え、何? アイテムの回収が追試の内容じゃなかったの?

 「今日はもうおしまい!」

 状況が把握できずに混乱している私とカルロをガン無視して先生はそれだけ言うと、手をヒラリと振って去っていってしまった。

 「おしまい? 終わり? 追追試なし?」

 ずびっと汚い音を立ててカルロが鼻をすする。にわかに信じられないが、先生の言葉を振り返れば、多分そういうことなのだろう。私たちは最高に汚い顔を見合わせて、再び強く抱き合ってこう言った。

 「一発合格だ~っ!」

 そうだよ、基本追追試なんだよ。なんだよ文句あっか。


 二人でひとしきり喜んだあと、切り傷や打撲で全身が痛むので保健室へ行くことにした。私はカルロにもたれ掛かるように、カルロは私にもたれ掛かるように、絶妙なバランスを保って私たちは歩く。

 「今回は合格基準がよくわかんねぇけどやったな。成長してるぜ、俺たち」

 「だね。次は追試なしもきちゃうかもよ」

 あり得る。あの実技を一発でクリアしたんだから、次は絶対に本当の一発合格をするに違いない。

 「怪我治ったら、休みに入るし打ち上げしようぜ! ったた……」

 カルロが魅力的な提案をしたあと、顔を歪めて脇腹を押さえる。私の位置からじゃ見えないが、今彼が押さえているところも怪我をしているのだろう。かくいう私もモンスターに頭を強打され、いまだにじんじんと痛む。

 「これからはポーション持ち歩こうかな」

 今日のことを反省してぼそりと呟くと、頭の上でカルロの笑い声がした。ちょっと、私はマジなんですけど。だって普段からポーションを持ち歩けば、こういう試験の内容を忘れたときにも準備不足を補えるじゃん。

 「お前なぁ、回復魔法覚えようって思わないのかよ」

 「ならカルロが覚えてくんない?」

 ――誰がするかよ、そんなめんどくせぇこと。

 なげやりに言えば、カルロの笑顔がひきつった。カルロが何を考えているかなんて、親友なので手に取るようにわかる。回復魔法を覚えるのは嫌とかだろう。そして次に何を言うかも私はすぐに予想がつく。

 「俺もポーション持ち歩こうかな!」

 そうそう、無理なことはしない。それでいーの。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る