箱
肉級
ある女の手記
私は箱が好きだ。
乱れ箱のような蓋のない箱ではだめだ。ぴったりと密閉できる類の箱でなくては。
箱とは世界と中身を隔絶する結界のようなものだ。蓋のない箱は中身が私の世界を侵蝕することを許してしまう。
私はそれが恐ろしい。
だから、留め具が付いているとなお良い。
重箱のような中身の窺えない箱ではだめだ。中身の透けて見える透明な箱が良い。
神経過敏で妄想気質の人間は中身が見えないということが恐ろしく、すぐに神経が衰弱してしまう。
もし不透明な箱に何かを入れて不透明な蓋をしてしまえば中は暗闇である。入れた物が何か恐ろしい怪物に成ったとしても可笑しくはない。
だから、入れた物がいつでも観測できる透明な箱が良い。殊更、プラスティック製の半透明なものが一番良い。ガラスのような澄んだ透明は箱の結界という機能を曖昧にするからだ。半透明な箱は中身と私の世界との間に確実な隔たりがあると実感できるし、中身を覗くこともできるのだ。
このように箱へのこだわりは少々五月蝿いわけだがこれら全ての条件を完璧に満たす箱が存在する。
プラスティック製の衣装ケースである。
私はこの箱を蒐集した。
そして私の世界には不要なものを蒐集した箱に閉じ込めた。
出さなかった初恋の人へ宛てた恋文も
結果の芳しくない答案用紙も
夫の形見の腕時計も
失禁で汚した布団も
遊ばなくなった人形も
飼っていた愛猫も
食べなかった夕食も
しつこいあの男も
うるさい隣人も
みんなみんな箱に閉じ込めた。
でも、いくら閉じ込めても私の世界に不要なもので、この世は溢れている。
私はまったく困ってしまった。
だから私は不要なものを閉じ込めるのではなく私の世界自体を箱に閉じ込めることにした。
そうすれば私の世界とその他全ては永遠に隔絶される。もう何にも汚されることはない。私は私だけの世界をこの箱に閉じ込めよう。
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