怪談短編集

鏡 もち子

うたの事


 ある屋敷の娘が死んだ。

 病死だった。長閑な春の季節の事である。


 齢十四の彼女は歌が何よりも好きだった。肺に患いがあるにも関わらず、「歌えないと死んでしまう」と言って、毎日か細く愛らしい声で大好きな歌と戯れなすっていたそうだ。


 あたたかな太陽が月に空を譲り、雲は満点の星々に変わる頃、見回りをしていた使用人のひとりがそれはそれは美しい歌を聴いた。声の響く場所は丁度娘の部屋であったから、使用人は「ああ、娘さんがまた歌っていらっしゃる」と思い、暫くそれを聴いていた。

 時折笑い声の混じるその歌声は本当に愛らしく、無骨で雄々しい彼でさえうっとりと目を細める。

 月の光がさらさらと降り注ぐ庭でこんなに素敵な歌を聴くなんて、身分にもない贅沢をしている気分になる。後ろめたくならぬうちに使用人は後ろ髪を引かれる思いで巡回路をなぞって行った。


 その朝、奥方が娘を見舞いに行くと既に息を引き取っていたようで、屋敷の人々が部屋に集められた。

 娘の死に顔はとっても穏やかだそうで、昨晩歌を聴いた使用人の話もあってか、屋敷は「大好きな歌に寄り添っていけたなら、きっと彼女も幸せだったろう」という空気になっていた。


 医師は彼女を診るなりこう言った。


「恐らく彼女が息を引き取ったのは夜明けの事でしょうな。こんなに喉を酷くして、これでは声もろくに出せなかったでしょうに」


 使用人は気付いてしまった。


 ああ、彼女はあの歌に憑り殺されたのだ。

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