Start up! 〜俺たちのあおはるストーリー ’s Ⅲ〜

せい

第1話

本校舎と呼ばれている建物。

そこは一年から三年生までの教室が入っている。その裏───

木々と植え込みをかき分けるように進むと、拓けた場所に出た。

芝生が植えられたそこに、人がいた。

(クイーーーンッ!!)

彼は四つん這いの格好のまま固まった。

そこには彼が“クイーン”と呼んでいる人物が、芝生の上に足を投げ出しすわっていた。

そしてその横には彼が、

(キング!)

と呼んでいる人物が片ひじを立て、そこに頭を乗せた格好で横たわっている。

その時、彼の後ろでガサガサと音がして、

「ここにいたのか!?」

と言う声が聞こえた。

彼はさらに固まる。

後ろから襟をつかまれた。引き倒され、引きずられる。

「待った」

その時、“クイーン”が口を開いた。

「その子、そこに置いてって」

「あ!?」

彼の襟をつかんでいた人物は“クイーン”に対して不満そうな声を上げた。

それに対し“クイーン”はひどく冷たい視線を相手に向けた。

「聞こえなかった?」

無表情に相手をじっと見つめ、

「その子、そこに、置いてって」

と、一言ずつくり返した。

“キング”がゆっくりと半身を起こす。

襟をつかんでいた人物は小さく舌打ちすると、その場から立ち去った。

「大丈夫?」

「は、はいッ!」

“クイーン”にほほ笑まれて、彼は文字通り飛び上がり、その場に正座した。

「今の三年だね」

その声で、彼はその場にもう一人いたことに初めて気がついた。

「あ、じょ…っ」

“情報屋”と声を上げそうになって、彼は手で口をおおった。

「君は一年生だね?」

“クイーン”に聞かれ、

「はいッ、一年の尾高透おだか とおるです!」

彼、透は顔を真っ赤にしながらそう答えた。

その時、透の横のほうからまたガサガサと音がしたかと思うと、木の影からヒョコっと顔を出した人物がいた。

(プリンスーーー!)

透はその人物を見て、また固まる。

「あ、いた。たっくんさ、今日五時からにしてもらっていい?」

(たっくんーーー!!)

「いいけど。メッセくれればいいのに」

「した」

「あ…」

透が“クイーン”と呼ぶ“たっくん”こと中野佑なかの たすくは、慌てて制服のポケットからスマホを取り出す。

「ごめん、龍司」

確認して、片手を顔の前に立てる。

昼休み終了五分前の予鈴が鳴った。

「いいよ。じゃあ、放課後」

透が“プリンス”と呼ぶ竹内龍司たけうち りゅうじは笑ってそう答え、透をチラリと見て透にもほほ笑みかけ、木の向こうに姿を消した。

(息…止まる……)

「じゃあ尾高くん、もう戻ったほうがいいね。あ、教室まで送ろうか?」

立ち上がりながら言った佑の申し出に、透は両手と首を激しく横に動かした。

“クイーン”が送ってくれるということは、必ず“キング”も一緒ということだ。

この二人に教室まで送られたら目立ち過ぎて、その後の透の平穏な日常は崩壊する。

「そう?じゃあ、とりあえず人の目があるところまで出よう」

佑に促されて、透は三人のあとに続いて緊張しながら歩き出した。

「オレ、五限こっちだから」

透が“情報屋”と呼ぶ人物は、職員室や特別教室などが入っている本館と呼ばれている建物のほうを指差す。

「ん。じゃあ力也、またメシ時に」

佑は“情報屋”こと、田上力也たのうえ りきやに片手を上げた。

「あ、真澄、葉っぱついてる」

透が“キング”と呼ぶ堀井真澄ほりい ますみの髪についていた葉を佑が取った。

「サンキュ」

透と顔を合わせてから終始無表情だった真澄の口角がわずかに上がり、佑を見つめている。

そんな二人のやり取りを後ろについて歩きながら見ていた透は、耳まで真っ赤にして、

(もう死んでもいい!)

と思っていた。


♢ ♢ ♢


「ヤダ」

テーブルの上に片腕を投げ出し、そこに頭を乗せた格好の佑がそう言った。

「え、なんで?」

向かいにすわった力也が聞く。

「だって絶対前よりレベル高いの期待されるに決まってんじゃん」

GW明けの放課後の学生センターだった。

ここは並んで建つ三つの寮と、林を隔てて建つ施設だ。

ここには面積の半分にテーブルとイスと観葉植物がある程度の間隔で置かれ、片側の壁には自販機が並び、上半分がガラスの壁で仕切られた奥のスペースには、定期的に入れ替えられているゲーム機、ビリヤード台が数台ずつと昔風のジュークボックスがあるという場所だった。

「ヤダ」

力也が秋の文化祭でも踊るのかと佑にたずねた答えだった。

佑はGW前の体育祭の後夜祭で龍司と踊った。男二人でのダンスに、踊り始めた時は周りから冷やかしのような口笛や笑いが起こった。

「そうかも知れないけど、あと五ヶ月くらいあるんだから…」

「無理。間に夏休みあるし、合わせの練習だって出来ない」

力也は苦笑しながら、

「竹内はなんて言ってるの?」

と聞いた。

「まだ何も言われてない」

“まだ”ね、と力也は思った。

佑は少し遠い目をして、

「あの時はゲリラだったから、本番と同じようにリハすることが出来なくて、スポットライトが時々目に入って見づらかったんだよな」

と、体育祭の時のことを思い出しているようだった。

「あれは改善の余地ありだな」

続いて佑の口から出た言葉に力也は笑いを噛み殺した。

「あの技、リフト?あれ、凄かったよね」

「あれね。うん、俺も最初は出来る気しなかった」

力也が話を向けると、佑はふっと笑みをうかべて話し始めた。

「竹内ってたっくんとあんまり体格変わらないよね?」

「うん。だけど、力はあまり関係ないらしいよ。龍司は俺より筋肉ついてるけど、大事なのは相手との呼吸と信頼関係だって」

佑は相変わらず、テーブルの上に投げ出した腕に頭を乗せて話している。

「俺、最初はビビって、どうしても手を床に着こうと動いちゃって…。あれは俺が静止してないとバランス取れないのにさ」

力也は黙って聞いていた。

「龍司には、絶対傷つけない、って言われたんだけど…」

佑はやっと体を起こした。

「なんとか気力で手を動かさないようにしたら、今度は跳べないんだよ。思いきって踏みきれない」

佑は当時の心境を思い出しているのか、わずかに苦笑する。

「一度だけ、肩から落ちたことがあった。それも、龍司が俺を顔面から落とさないように庇ってくれたから肩で済んだんだけど、龍司はめちゃくちゃ謝ってくれて…。それで俺、なんか吹っきれて、そしたらリフトの成功率めっちゃ上がって…」

佑は話しながらほほ笑んだ。

「たっくん」

呼ばれて、佑が横に立った人物を見上げる。そこには龍司がいた。

「え…?」

龍司は佑の手を取った。

「文化祭、よろしくね」

「え…!?」

佑が呆然とした表情で力也を見る。力也はそんな佑を見て、ニカッと笑った。


♢ ♢ ♢


春休みが明けたばかりの放課後の学生センター。

龍司は佑に用があって彼を探してここまで来た。メッセをしても既読が付かない。電話をしても出ない。佑はたまにそういうことがある。

通学組の龍司は、寮に近い位置に建つこの施設にはあまり足を踏み入れたことがない。

佑を見つけた。

イヤホンを付けたまま、自販機まで歩き、コーヒーを買って戻って来る。口が動いているのは、おそらく今イヤホンから流れている曲の歌詞を声を出さずに歌っているのだろう。

たったそれだけの間の動き。それで、龍司は確信した。

中野 佑、彼が探し求めていた相手だと───

「中野」

龍司はイスにすわった佑のもとに歩み寄った。

「え?あ、竹内」

佑は片耳のイヤホンを取った。

「何?」

「中野、僕と踊って」

「……は?」


「ずっと考えてたんだ」

イスにすわった龍司が言った。

「僕、自分が女の子ダメだってわかって、それでも、あくまでもパートナーとして女の子と組んで踊ってた」

龍司はテーブルに置いた両手の指を組んでいた。

彼は小学生の頃から中学二年生まで、社交ダンスを習っていたという。

「でも、ダメだった」

龍司は両手の指を固く握りしめた。

「パートナーは絶対に大切にしなきゃならないのに、僕は、それが出来なかった。もう、限界だった」

佑は龍司の話を黙って聞いていた。

「それで、…やめた」

龍司はうつむいてフッと笑った。どこか寂しげな笑みだった。

「踊るのは好きだ。正直今でも踊りたい。でも、世間一般では男と女が常識だ」

龍司が顔を上げて佑を見た。

「一人で踊り続けることも考えた。でも、僕はやっぱり誰かと一緒に踊りたい。ずっと夢見てた。僕とパートナーになって一緒に踊ってくれる男子が、きっとどこかに居るはずだって」

佑は黙って龍司の目を見つめた。

「俺、ダンスなんて習ったことないよ」

龍司が小さく首を振る。

「そんなの関係ないんだ。生まれ持ったセンスなんだよ」

龍司はどこか苦しげにも見えた。

「俺、出来る気しないけど…。いいよ、竹内につき合う」

「…中野」

龍司はその目に浮かんだ涙を隠そうともしなかった。

「ありがとう…」

佑に頭を下げた時、テーブルの上にしずくが落ちた。

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